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8話

卒業した高校の、サプライズライブの仕事が来た。

そこで、樹は裕子を呼んで思い出の曲を歌うことにする。

裕子の様子に違和感を感じたのは、撮影が終った後。

仕事はしっかりやっているけれど、俺の目を見ているようで見て無い。

それが、気になって仕方なかった。

実際、出来上がったものは俺の想像を超えた、素晴らしいものだった。

俺の横顔の絵をベースに加工された、ジャケットの絵やロゴ。

初めて見た時の、ノートいっぱいの俺の横顔を思い出していた。

あの頃の約束が、こうして果たされるなんて。

ただ、慰労会に来ない裕子が心配だった。

プロモーションの渦に放り込まれた俺は、へとへとに疲れてしまって、連絡も出来なくて…

たまに元気かとメールしても、元気よとしか返って来ない。

このままじゃ、同じことの繰り返しだと思うけれど、疲れた心と身体は言うことを聞いてくれない。

そんな頃、裕子の同僚の田中さんが、事務所に挨拶に来てくれた。

俺はいなかったけれど、代わりに高山さんが話を聞いてくれたそうだ。





「西山くん、裕子の様子が変だって気づいてた?」

取材の移動の車の中で、いきなり高山さんが尋ねてきた。

「高山さんも気づいてたの?なんだか、撮影の後から俺の目を見てくれてなくて。なんでだろうって思ってたんだ」

「例の撮られたニュース、裕子は知らなかったらしくて。裕子に言っちゃったスタッフがいたの」

「なんでそんなこと…」

「まりちゃんて人だった」

「まりちゃんが?なんで…裕子とも仲が良かったはずなのに」

「嫉妬でしょ」

「嫉妬…」

まりちゃんがそんな目で俺を見てるなんて、思ってもいなかった。

裕子と俺のことは、よく知ってるはずなのに。

「そんなことを聞いても、裕子は俺のことを信じてくれると思ってる。でも、思ってるだけじゃ…ちゃんと話さなきゃダメだよな」

「連絡、取ってるんでしょ」

「まあね。でも、たまにメールするくらいしか出来てない。メールしても当たり障りのない返事しか来ないんだ。いっそ、裕子から聞いてくれたほうが良かった…裕子はすぐ黙って抱え込むからな…」

しばらく、無言のまま車が走った。

目的地に着く直前、

「私に考えがあるから、任せて。ちょうどいい仕事の依頼があるの。後で教えるから」

「仕事…?」

「そう。きっと気に入るわよ」

ちょっと面白がる顔で言われて、首を傾げる。

仕事って…なんなんだ。




年が明けて、少したった頃。

高山さんから、スケジュールを言い渡された。

「これ…サプライズライブって…」

「私たちの高校よ。あちらから依頼が来たの。テレビ局の企画だけどね。西山樹、卒業した高校でサプライズで歌うってヤツ」

「卒業式の後に、サプライズで俺が歌うの?」

「そういうこと。一部、バラエティー番組で流れるの」

「こういう仕事、引き受けるの初めてじゃないの」

「そうだけど…ちょうどいいじゃない。裕子を呼んだら?ちゃんとお互いに話す、いい機会だと思うけど。こんな企画なら、体育館の隅に裕子がいてもおかしくは無いしね」

「…そういうことか。」




3月。

懐かしい体育館のステージ裏にいた。

今、まさに表では卒業式。

終わったら一旦幕を引き、再び幕が開いたら俺が歌い出すと言う段取りになってる。

そこへ、高山さんが静かに入って来た。

「裕子、来たわよ。後ろの隅にいる。西山くんが出るのは知らない。面白いものを見せるとしか、言ってないから」

「分かった」

幕が開いた。

椅子に座って、ギターを抱えたスタイルで客席を見ると、一斉に悲鳴のような歓声が上がった。

ドラマの主題歌でヒットした曲を歌い出すと、生徒たちが立ち上がり、跳ねてくれた。

裕子はどこだ…いた。

1番後ろの隅で、手で口元を覆っている。

泣いてるのか…

10年近く前、この体育館で裕子のために歌った。

今日もまた、最後に裕子に向けて歌おう。

「最後の曲になります」

あの時と同じ、3曲目。

イントロを弾きだすと、客席は静まりかえった。

この曲は、デビューしてからはバンドアレンジで歌って来た。

弾き語りで歌うのは、久しぶりだ。

シンプルなメロディー、シンプルな歌詞。

あの頃俺の横顔を見つめて、描き出してくれたのは、裕子だった。

俺の横顔は眠っていた。

裕子の手で目覚めたんだ。

そんな裕子のことを、歌った。

愛する人のことを。


大きな拍手に見送られ、袖に入ると高山さんが待っていた。

うっすら、涙を浮かべていて驚いてしまった。

指で溜まった滴を拭い、手のひらを出口に向ける。

「…弾き語り、いいわね。あの時の裕子がいたから、今の西山くんがいるんだって、分かったわ」

「そんな風に言ってくれるなんて、嬉しいよ」

「…あっちで、待ってるから行ったら。裏門に車がいる。この後は、好きにしていいのよ」

「ありがとう。色々と」

ステージ裏からの出口を出ると、あの日のように裕子が壁に寄りかかっていた。

急いで駆け寄って腕を引く。

胸の中の裕子は、あの日の女の子のままだ。

俯いていた顔を上げると、涙を落としながら笑って見せた。

「樹…樹はあの頃と変わらないんだね。私にあの曲を歌ってくれた、あの頃のままなんだね」

「裕子も。あの頃のままだ。俺の横顔を描いて、告白してくれた」

「ふたりとも、だね」

笑ってみせた唇に、ちいさなキスを落とす。

また、目尻から滴が落ちた。

「私、樹が好き。樹のそばにいたくて、樹の世界に近づきたくて…だから頑張れたの。でも…」

「何を、気にしてるの」

頬を撫でると、俯いた。

「…樹のまわりには、綺麗な女性がいっぱいいて…」

「みんな、仕事で一緒の人ばっかりだから」

「私で…いいの?仕事の邪魔になったりしないの?」

「裕子と一緒にいるのが、仕事の邪魔になんかならないよ」

「…私、仕事で余裕が無くなると、きっと樹にキツイ顔を見せてしまう」

「裕子、俺は気にしないよ。だから…」

髪を撫で、唇を撫でて、しっかり届くよう、耳元で言う。

「ずっとそばにいて、裕子の顔を見せて。仕事の顔も、恋人の顔も…俺に見せて欲しいんだ」

「…今の私でいいの」

「いいんだ。どんな裕子も裕子なんだから」

「ありがとう…」

裕子の鼓動を胸に受けながら、考えてたことを裕子に告げた。

「一緒に暮らそう」

「え、…でも、今そんなこと出来ないでしょう。無理だよ」

顔を上げて、俺のシャツの裾をぎゅっと掴む。

「忘れたのか。好きなようにやってみせるって、約束しただろ」

「でも…」

「大丈夫。大事な人と一緒にいることが俺にとって必要なことなんだから。任せて。ほら」

手を差し出すと、躊躇いながらも握って来た。

小さな手をぎゅっと握り、裏門に停めてある車に向かう。

あの日も手を繋いで帰った。

裕子、樹と呼び合うはじまりだった。

今日も同じ。

ようやく恋人に戻れた裕子とのはじまりだ。

「一緒に、帰ろう」

「うん」

後部座席に並んで座って、指を絡めた。













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