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6話

メジャーデビュー記念ライブでの再会。

樹から裕子への希望。

やりたいようにやるための、樹のやり方。

決意した裕子のその後。

裕子にチケットを渡したと高山さんに聞いたのは、ライブの前日だった。

「確かに渡したわよ。来るかどうかは裕子次第。ほんとはこんなこと、スタッフとしてはやっちゃダメなんだろうけど」

自虐的に笑った後は、サブマネージャーの顔に戻った。

「リハーサルの後に、取材があるのでホールから移動になります。時間が押すとマズイので、迅速にね。もちろん、ちゃんと誘導しますから」

「取材、ですか」

「もう、またって顔しちゃダメ。誰でも取材して貰えるわけじゃないのよ」

「グラビアもあるの?」

「もちろん。今回は有名なカメラマンが撮ってくれます」

「そういうの、苦手だ…」

「それも込みでプロモーションだと思って。それに…」

俺の肩をポンポン、と叩きにっこり笑う。

「ある程度売れたら、西山くんの好きなように出来るよ。稼げる人は大事にして貰えるの。今は折り合いをつけなきゃいけない時期」

「折り合い、か…」

「そうよ、ど真ん中に行くまでの辛抱よ。我慢しろとは言わない。折り合いをつけるのよ」

…なんだか、ストンと腑に落ちた。

好きにやるために、折り合いをつける。

俺にだって、出来るはずだ。




ライブの幕が上がった。

今までの倍のキャパシティーで、ベテランのバンドマンに囲まれて歌う。

プロデューサーに勧められて、変えられたアレンジ。

ギターではなくマイクで歌うスタイルの曲。

100%俺のやりたいようにはやれなかった。

それでも、今の俺の最高のパフォーマンスが出来たと思った。

それは、幕が下りた後でバンドメンバーに次々にハイタッチされて、実感したものだ。

楽屋に戻り汗を拭き、着替えて俺は待った。

上手くいったら、ここへ裕子を連れて来て貰うことになっていた。

一目でも会いたい。

顔を見て、声を聞きたい。

終演後の取材まで、30分ほどしかなかったが、高山さんが他のマネージャーには言わずに、聞き入れてくれた。

「西山くん?入るよ」

いきなり高山さんの声がして、ドキッとする。

ドアが開き、高山さんについて入って来たのは、裕子だった。

4年ぶりの裕子。

長かった髪は肩までになって、ふわっとカールしている。

裕子に、似合ってる。

「西山くん、申し訳ないんだけど5分で切り上げて。時間押してるから」

そう言って高山さんが出て行くと、俺は裕子に近づいた。

「…久しぶりだね。元気だった?」

「うん…今日は呼んでくれてありがとう」

俯いてしまった裕子の肩に、両手を置いた。

「俺を見て」

「私、あんなこと…したのに」

「一方的に連絡してくれなくなったこと?」

俺の手から逃げようと、後ずさる裕子の肩をぐっと掴む。

「そんなの…結局、俺だって会いに行かなかったし、連絡しなくなった…でも」

涙を溜めた裕子の目尻を、そっとぬぐってからようやく裕子を抱き締めた。

「今日はどうしても、聞いて貰いたかった。またこれから、会えなくなるかもしれないから」

「そう…だよね。だって、樹はもう」

「なつきちゃんに聞いた。売れたら、稼いだら、好きなようにやれるようになるって」

「そんなこと…出来るの」

「その言葉を信じて、やるしかない。裕子のことも音楽の仕事のことも、きっと俺のやりたいようにしてみせる。だから、、裕子」

「…なに?」

「そうなれたら。何もかも思うように出来るようになったら。俺のCDのジャケットを…俺の横顔を、描いてくれ」

その時、ドアの向こうから高山さんの声が聞こえた。

「もう時間よ。裕子、出て来て」

驚いた顔で俺を見上げる裕子に、4年ぶりのキスをしてから、ドアまで手を引いた。

「裕子、覚えてて。俺の言ったこと、叶えてくれ…いつになっても」

「…うん。私、やってみるから。待ってて」

小さな声で呟いて顔を上げた裕子が、ドアから出ていく。

俺は大きく息を吐いた。




やりたいようにやると言っても、なかなか一筋縄では行かない。

まずはアルバム製作で、俺に編曲させて貰えるよう、プロデューサーに交渉した。

返事は、まず依頼したアレンジャーに編曲してもらい、俺のは試しに聞いてから、と。

ライブハウス時代にやっていたように、自分のやり方で自分の曲を編曲したい。

バンドアレンジも、ライブハウス時代に覚えた。

自分の曲だからって、型に嵌めたアレンジはしたくない。

試行錯誤しながらも作り上げ、アレンジャーとプロデューサーに聞いてもらう。

結果、5曲分、俺の名前が編曲者としてクレジットされることになった。

MVの製作は、とにかく初めて。

だから、またプロデューサーに交渉した。

好きなミュージシャンのMVの監督に、依頼して欲しいと。

監督の演出や編集を見ながら、先ずはそれぞれを勉強する。

出来れば、セルフプロデュースをしたいと思っていたから。

まずは、自分を知って色々な世界を見て、選択して行かなければ。

…それには、ヒット曲が必要だと思った。




メジャーデビューのシングル1枚目は、CMタイアップが付いて、よく言う『スマッシュヒット』になった。

おかげで、デビュー作から歌番組に出演することが出来た。

…CMタイアップも、歌番組出演も、やっぱり事務所の規模がものを言ったものだ。

でも、1回ヒットしたからって、次も、またその次もヒットするかは分からない。

事務所は、ヒット曲を作れと言うけれど、それを意識したら厳しいと思った。

売れることと、やりたいこと…

上手くバランスを取って曲を作らないと。

後は、今どんな音楽が主流になっているか。

ちょうど今、俺の志向する音が受け入れられているようだ。

好きな洋楽を取り入れたビートの効いた音に、シンプルな日本語を合わせた俺の曲。

流行りの巡り合わせかもしれないが、ラッキーなことだと思った。

だから今は、とにかく好きな音を追及しよう、と決めた。

デビューして2年がたった頃。

4枚目のシングルが、あるゴールデンタイムのドラマの主題歌に採用された。

主役もヒロインも、今1番人気があると言われる2人。

評判の高い脚本家で、ヒット間違いないとの前評判のドラマ。

その主題歌に決まったと言うことで、あっという間に歌番組、雑誌やテレビの取材が決まった。

その頃には、チーフマネージャーになった高山さんが、詰まったスケジュールを捌いていた。

「西山くん、これがヒットしたら、きっとやり易くなるわ。そんな気がする。正念場よ」

俺も同じ気持ちだ。

だから、インタビューもグラビアも積極的に受けて、プロモーションに励んだ。

ドラマのタイアップ曲は、ドラマのヒットに乗って大ヒットした。

CDの売れにくい時代と言われる今、文句の付けようがない枚数。

ダウンロードも伸びて、曲もMVも賞を取れた。

その辺りから、プロデューサーも俺の言うことを、ほぼ認めてくれるようになった。

事務所の上の人からも、ああしろこうしろとは言われることは少なくなった。

自分のやりたい音を分かってくれる、バンドメンバー、スタッフ。

俺の言うことを聞いてくれて、でもアドバイスもくれる。

28歳を過ぎて、俺はようやく『やりたいようにやる自分』に、近づいたんだ。




裕子のことは…

あの再会の半年程後、広告代理店からデザイン事務所に移ったと聞いた。

音楽関係の仕事が多い事務所だと、高山さんが教えてくれた。

広告代理店での仕事が認められて、アシスタントからとは言え、最初から大きい仕事に関わっているそうだ。

「たまには知りたいでしょ、裕子のこと」

「そりゃ。知りたいよ。あんなこと頼んで、プレッシャーになってないかも気になるし。でも、いいの?事務所的に」

「まあ、近況を知るくらい、いいんじゃないの」

2年たつ頃には、製作に彼女の名前が出るようになった。

CDパッケージはもちろん、販促ポスターやグッズの製作まで。

幅広い音楽関係の仕事が、グラフィックデザイナーである岡本裕子の得意分野だと、言われるようになっていた。

彼女は、依頼された仕事をする時、アートディレクターを使うこともあるけれど、彼女自身がイラストを描くこともある。

彼女の名前が更に知れ渡ったのは、あるミュージシャンの大ヒットアルバムの、CDパッケージを手掛けたこと。

アルバムのヒットに加えて、ジャケットも賞を取ったのだ。



そのニュースを耳にした時、俺はやっとその時が来たと思った。

再び、裕子に俺の横顔を描いて貰う時が。















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