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4話

連絡が来なくなった裕子を気にしながらも、樹は夢を叶えるために、前へ進んでいく。

とうとう、メジャーデビューが決まった時。

裕子にもう一度会いたいと思う自分がいた。

ワンマンライブの後、裕子から連絡が来なくなった。

俺からメールをしても、既読にならない。

いそうな時間に電話をしても、出ない。

あの時、久しぶりに会えたライブの夜。

取材があるからと、慌ただしく行ってしまったきりだ。

…1度だけ、電話が繋がったけれど。

「裕子、聞いてる?」と話し掛けても無言のまま。

俺、何かしたかな。

ワンマンライブの後、途中で帰ってしまったけど、何か引っ掛かっているのか。

「ごめんね」とだけ聞こえて、切れてしまった。

こんなことで終わりたくなかったから、出来れば直接会いに行きたかった。

でも、そのあとどんどん余裕が無くなってしまった…

今までと規模の大きい方と、ライブハウスを掛け持ちしだしたから。

でも…

無理にでも時間を作って、会いには行けたはずだ。

なのに俺は、裕子は就活中だとか、忙しくて余裕が無いとか、そんな言い訳を並べて行かなかった。

その時の俺の頭の中は、インディーズレーベルからCDを出す話でいっぱいだったからだ。

それは、年を越した頃に持ち上がった話。

規模の大きいライブハウスのマネージャーの紹介で、インディーズレーベルの人に会った。

俺の集客が見込めるから、と言われた。

少し躊躇ったけれど…

やっぱり、CDは出したい。

そのうち、メジャーと契約したいと思ってはいたけれど。

それの第一歩になるなら、気合いを入れて取り組んでみようと思った。




ミュージシャン、スタジオの手配。

ジャケットの依頼、そして枚数をどうするか。

やること、そしてお金がかかることが山ほどあった。

事務所にも所属してないから、やらなきゃいけない雑多なことは多かった。

そこは、ライブハウスのマネージャーに聞いたり、レーベルの担当者と詰めて行った。

インディーズで活動してる人たちは、みんなこれをやってるのか。

曲作りもあるし、いつものライブもこなさなければならない。

俺はCD発売に向けてのあれこれに没頭し、裕子のことを頭から閉め出していた。

忘れたわけじゃないし、時々ふっと思い出すこともある。

そんな時も、敢えて考えないようにした。

そして、俺からも連絡を取ることをしなくなっていった…

ようやくCDの発売日が決まったのは、1年後。

23歳になった年だった…



大学も途中で辞めて音楽活動に本腰を入れ、キャパの大きなライブハウスで、ライブをこなす。

インディーズからCDを出した夏の頃には、『インディーズでの期待の新人』の特集で、音楽雑誌に載ったりもした。

まだまだ、小さなものだったけれど。

CDは、ライブによく来てくれる固定の客が、まず買ってくれた。

ライブをこなしていくうちに、より多くの枚数が売れて行くようになった。

最初のプレス分が売り切れた頃には、より取材が来るようになっていた。

そんなとき、ライブが終わった後に楽屋にマネージャーが訪ねて来た。

「樹、ちょっと話があるんだけど」

「ちょうど着替えたところです。どうぞ」

マネージャーがパイプ椅子に座ると、俺の向かいに座る。

「樹さあ、そろそろ事務所に所属する気はないか」

「事務所、ですか…」

「その方がメジャーとの契約もしやすいよ」

「メジャーですか?まだ、インディーズから出したばかりだし、俺には早いんじゃ」

「そんなことはない。インディーズとは言え、樹の売り上げはかなりいい。メジャーレーベルと契約出来るだけの力はあるよ」

「そう言われると嬉しいけど…事務所ってどうしたら」

「実は、音楽事務所の大手がライブを聞きたいって言って来たんだ」

マネージャーが言った事務所の名前は、誰もが知ってる音楽事務所だった。

そんな所から、俺に?

「言っておくけど、聞いてくれたからって即契約になるわけじゃない。樹次第だからな」

「…分かりました」

大手の音楽事務所に所属したからって、すぐにホールでライブを、メジャーからCDを出せるわけじゃないことは、知ってる。

でも、確実にきっかけにはなるってことは、分かる。

…前に進むしかないんだ。




いつ、音楽事務所の人が来たのかは、教えて貰えなかった。

でも、客席にいて席も立たない客は目立つから、見当はついた。

…いつものライブをすればいい。

そう自分に言い聞かせ、ギターを弾き、歌った。

客を煽り、乗せた。

ライブが終わった瞬間、その客たちはじっとステージを見つめていた。

半年後、インディーズで話題の西山樹、大手音楽事務所と契約、のニュースが音楽雑誌に載り、ネットニュースに流れた。

その半年後に、メジャーレーベルに移籍してメジャーデビュー。

春、4月。

俺は25歳になった。




2月、打ち合わせのために訪れた事務所で、意外な人に会った。

「西山くん、久しぶりだね」

長い髪を束ねて、黒のパンツスーツを着た女性。

…誰だろう。

「あの…お会いしたこと…?」

「あれ、分からない?私、なつき。裕子の友達の」

「あっ…」

俺とは高3の時だけクラスメイトだった、なつき。

高山なつきだ。

「高山さん…?なんでここに?」

「実は、私いま、ここの社員なの。たぶん、これからあなたの…ミュージシャン・西山樹のサブマネージャーになる」

「そうだったのか」

「こんな所で会うなんてね。うちの会社にとってあなたは、これから売り出す大切な人よ」

「それは、どうも」

「じゃ、打ち合わせの時に。私も同席するからよろしくお願いします」

長い打ち合わせを終えて、事務所を出た。

駅まで歩く間、気分転換にウィンドウを覗いてあるく。

自分には関係があるはずもないアクセサリーショップの前で、あるヘアアクセサリーに目が止まった。

何枚かの葉をコラージュした、グリーンのヘアピン。

…裕子がしてたのと似ている。

よくライブハウスに来てた頃。

「これ見て。葉っぱがたくさんついてて、樹って感じじゃない」

そんなことを言いながら、髪に止めていた。




今日は思いもよらず、裕子の友達に会った。

そして、このヘアピン…

こんなデザインのヘアピンは、量産されて出回っているのかもしれない。

でも、それで頭の隅に押し込めていた裕子の記憶が、溢れ出てきてしまった。

裕子…

裕子に会いたい。

連絡も取らず、記憶を押しやって思い出すことも止めていた。

そんな俺には、許されないかもしれないけれど。

メジャーデビューの記念ライブが、夏に中規模のホールで行われることが決まった。

裕子に聴いて欲しい。

裕子にのために、あの曲を歌いたい。









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