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3話

大学へ進んでからも、勉強の合間に樹のライブに通う裕子。

だが、就活がはじまり忙しくなると、樹のことで知らないことが増えてくる。

規模の大きいライブハウスでの初めてのワンマンのとき、突然…

『告白されてるみたい』が告白になって、私たちは付き合いだした。

教室の中では今までとそう変わらなかったけど、帰りはいつも一緒で、校門を出ると手を繋いだ。

彼のことは樹と呼んで、彼は私を裕子と呼ぶ。

音楽のこと、私が描く絵のこと…

そして、他愛もないことを話す日々。

好きな人に触れることがこんなに切なくて、それでいて安心出来ることを、初めて知った。

私にとっては、初めて付き合う人。

樹とのことは、すべて初めてのことだった。

ずっとこれが続けばいいのにと、願ったけれど…

嫌でも変わらなければならない時が来る。

卒業と言う日が。

式が終わると、みんなとサイン帳にサインしあった。

写真も撮った。

みんなと騒ぐまでが卒業の儀式。

それが終わったら、樹の待つ軽音の部室に行った。

最後にもう1度、あの曲を聴きたいってお願いしておいたから。

部室で樹が歌ってくれた歌のことは、ずっと耳に残っていた。

その日、手を繋いで駅まで歩いたことも。




いざ、大学生活が始まると、タイミングが合わなくてなかなか会えなくなってしまった。

樹が音楽活動に本腰を入れ始めたからだ。

私は私で、デザイン系の学部だったから、課題が山盛り。

グラフィックデザインを勉強し始めたのは、樹のお願いがきっかけだった。

CDパッケージのデザイン、面白いかもしれないと思い始めて。

やりはじめてみたら面白くて、時間が足りなくなってしまった…

それでも、週に1回は彼のライブに通った。

もともと評判は良かった樹のライブ。

でも、なかなか満員にはならない。

ガラガラな訳じゃないけれど…

樹は口には出さないけど、悔しそうだった。

それでも、地道に曲を作りライブを重ねて行く。

次第に埋まって行く客席を見て、ライブハウスのスタッフも喜んでくれた。

スタッフにおめでとうと言われて、喜んでる樹を見るのが嬉しくて。

思わず涙ぐんでいたら、

「まだまだ、これからなんだから…泣くのは早いよ」

って言いながら、目元を拭ってくれた。




私が樹のライブを見る時は、いつも客席の端。

けれど、埋まり始めるとステージ脇にいるようになった。

そう広くはないそこにいると、ライブハウスのスタッフとも仲良くなる。

そこで、1つ年上の女性と仲良くなった。

みんなが、まりちゃんと呼んでる人。

まりちゃんは、ステージ裏の細かい仕事や、色んな人のお手伝いが仕事。

私が行くと、いつも心良くステージ脇に入れてくれた。

週末、樹のライブに行って、まりちゃんやスタッフさんたちとわちゃわちゃして、独り暮らしの樹の部屋に行く。

そんな日々が過ぎていって2年。

私たちは21になっていた。





私は、大学3年生になると就活も、卒業に向けての勉強も増えた。

就活で、グラフィックデザインを仕事にするなら、デザイン事務所がいいと思ってた。

そんな時に、先輩に広告代理店を勧められて…

あちこち見てまわりながらも、なかなか決められないでいた。

必然的に、ライブハウスにそうそう通えなくなる。

週に1回だったのが、月に1回に。

それも行けない時もあった。

会えない時に連絡するのも、忙しさのあまり、なかなか出来なくて…

元気?私も。

そんな確認みたいなものばかり。

でもそれは、樹も同じ。

頻繁にライブをしながら、バイトもしてる。

疲れて、私にメールを送る余裕がないみたい。

しようがないことだけど…

だから、樹も私も、お互いの近況を知らなかった。

付き合ってるはずの2人なのに。

たまに行けたライブの時には、いつもの樹に見えた。

小さなライブハウスだけど、樹が出る日はいつも満員。

満員だから、樹は嬉しそうではあった。

ただ、どことなく不安そうでもあった…

何か考えてるのって聞いても、私には教えてくれない。

それは、私が樹の音楽活動には積極的に関わっていないからかもしれない。

私が口を出すことじゃないと思っていたけど、何も知らされないのは寂しかった。





大学3年の秋になり、3ヶ月ぶりにライブハウスに顔を出した。

そのとき初めて、大きなライブハウスでの樹のワンマンライブが決まったことを知った。

いつものライブハウスに、珍しく音楽雑誌の取材が入って、そこで彼のライブが紹介されたのだ。

自分のことのように嬉しくて、ライブ終わりの楽屋で、彼におめでとうを言った。

「おめでとう。念願のライブハウスなんでしょう。本当に良かったね」

「ありがとう、裕子、来てくれるよな」

「当たり前じゃない。絶対行くよ」

「ここ何ヵ月かで、色々変えようと思って試行錯誤してた。今度のライブで、裕子にも見せるよ」

樹の曲を、もっと大きなライブハウスで聴ける。

今より更に大きなステージに立つ、彼を見られるんだ。


ワンマンライブ当日。

関係者用の受付で名前を言って、2階のテーブル席に案内された。

1階はスタンディング。

ドリンクを飲みながら開演を待っていたら、時間が来て客席のライトが消える。

ステージに現れたのは、ギターを持った樹と…バンドメンバー。

いつも弾き語りだった樹に加えて、バンドも加わるようになっていた彼のステージ。

樹が言ってたのは、このことだったんだ…

私が知っている曲もあれば、初めて聴く曲もある。

新しい曲は、以前よりポップにアレンジされていた。

相変わらず、綺麗な横顔…

ファルセットも好きだけれど、低音のフレーズも好き。

そんなことを思い浮かべながら聴いていたら、もう最後の曲。

歌い出したのは…あの思い出の曲だった。

一瞬で、初めて聴いた体育館のステージに戻ってしまう。

ノートを見られたあの日に戻れてしまう。

たった3年前のことなのに、ずいぶん時間が過ぎてしまった気がした。




客席が明るくなってザワザワとしてきた。

皆それぞれ出口に向かってる。

樹に会いたかったけれど、このライブハウスで、楽屋やステージ裏には入ったことがない…

どうしよう…

ゆっくりと立ち上がり、バッグを手にしたとき、Tシャツにジーパン姿の女性が近づいて来た。

胸に関係者のパスを下げてる。

まりちゃん。

「裕子ちゃん、久しぶりね」

「うん、ちょっとご無沙汰しちゃって…まりちゃん、ここのスタッフさんをしてるの?」

「ううん、樹くんのスタッフとして来たの」

「樹の…」

「うん、ここの所ずっとやってるの。裕子ちゃんは学校が忙しいから、知らなかったんだね」

「そうだったのね」

何だろう、これ。

私は部外者ってことなの。

「樹くんから裕子ちゃんを呼んで来てって頼まれたの。こちらに来て。楽屋に案内するから」

「…ありがとう」

2階から1階の裏へ抜ける階段を降りて、まりちゃんについて行く。

1階に降りて、楽屋と書かれたドアが見えた時、まりちゃんが立ち止まった。

振り返って、私を見てる。

「裕子ちゃん…お願いがあるの」

「お願い…?」

まりちゃんは私の目をじっと見て、小さな声で言った。

「ここでワンマンが出来たと言うことは、樹くんがかなり有望だって言うことなの」

「まりちゃん、何のこと?」

「実は今日も、音楽雑誌の取材が入ってる」

「…そうなんだ」

「私、樹くんのスタッフをするようになって、そんなにたってない。でも、どうしても、樹くんにはミュージシャンとして成功して欲しいって思うようになったの」

「まりちゃん、何が言いたいの」

「裕子ちゃんは、樹くんの世界の役には立てないよね。どんな世界なのかも知らないし、知ろうとしないもの」

いきなり知らないなんて言われても…

どう答えていいか分からない。

「お願い、今日樹くんと会ったら、もう来ないで。」

「…どうして」

「樹くん、これから、注目されていくんだよ。今もう、女の子のファンがついてるの。そんな時に裕子ちゃんみたいな人がいたら」

「私…いたらダメなの」

「樹くんの邪魔にはならないで」

そう言うと、私に背を向けて行ってしまった。

…今、まりちゃんは何を言ったんだろう。

私は樹の邪魔になるの…

確かに、今日の客席は女の子が多かった。

…だって、そんな…芸能人じゃないんだし。

考え込んでいたら、楽屋のドアがいきなり開いた。



「裕子、ここにいたのか。中々来ないから」

「樹…」

「中にはいって」

楽屋に入ると、目の前に立ってぎゅうっと手を握り合う。

「素敵だったよ。樹の歌、このライブハウスで聞けて嬉しかった。ありがとう」

「俺も。裕子に聴いて欲しかった。それに…久しぶりに会えて嬉しい」

樹の顔が近づく。

彼の手のひらが頬に触れ、そっと唇が触れた。

ずいぶん、久しぶりのキス。

「なかなか会えなくてごめん」

「…いいの。私こそなかなか来られなくてごめん」

樹の唇に触れて指を絡めて、樹の熱を久しぶりに感じた。

触れたかった、ずっと。

なのに、さっき言われたことが思い出されて、素直に嬉しいと思えない。

俯いた私の髪を撫でる、樹の胸にもたれて見上げた時。

ノックの音が聞こえて、関係者のパスを下げた男の人が顔を出した。

「西山くん、もう取材の人来てるよ。お客さんにはそろそろ」

「…分かりました。裕子、ごめん。仕事の時間になったから…また、連絡する」

「分かった。私、帰るね」

その男の人に軽く頭を下げて、外に出た。

なんだか、関係者の人から見たら私みたいのは邪魔なのかな…

樹は、全然変わらないのに。

知らないライブハウス、知らないスタッフ…

急に疎外感が押し寄せてきて、急いで出口に向かった。

音楽雑誌の取材。

ミュージシャンとしての成功…

それは、樹がずっと、なりたかったもの。

私は駅に向かって、揺れる気持ちを抱えたまま歩いた。

どうしていいか分からない。

さっきの樹の熱を感じた唇も指先も、もう冷えてしまった。

…私は部外者…邪魔者?

もう、樹に会わない方がいいの?

気づいたら、涙がポトッと落ちた。

久しぶりに樹の歌が聴けると、喜んでいた気持ちは、ぺしゃんこに潰れてしまった…

こんなはずじゃなかったのに。

ぽっかりと空虚に空いた穴をどうすることも出来ず、ただ歩いた。




























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