2話
絵を見られたことで、樹と裕子の距離が近づく。
最後の学園祭で、裕子のことを歌った樹。
それを聞いた裕子は…
横顔の絵を見られてから、西山くんとよく喋るようになった。
西山くんが横を向くと、通路を挟んで横に座ってるのが私。
今までは、よっぽどのことが無い限り、横なんて向いて来なかったのに。
休み時間、お昼休み、放課後。
さっき終わった授業のこと、これから始まる授業のこと。
もちろん、好きな音楽も。
軽音楽部なだけあって、音楽のことにもやたら詳しかったから。
それと、よく喋るけど人の話も聞いてくれる人だった。
私はそこまで話したがりでもないけれど、聞いてくれるからか、よく喋るようになった。
横を向いて話しかけてくるから、今までみたいに横顔をこっそり見られなくなって、そこは少し寂しかったな…
西山くんの横顔、いつまでだって眺めていられたのに。
よく話すようになって、見つけた西山くんの癖。
それは、顔を覗きこみながら、ん?と聞き返すこと。
その癖は、いつも私の胸をぎゅっと掴んだ。
横顔、正面を向いた笑顔、覗きこんでくる切れ長の瞳。
色んな顔を見せられて、好きの気持ちがどんどん膨らんで行く。
西山くんは、私のことをどう思っているんだろう…
気になったけど、確かめる勇気は無くて。
今のまま、西山くんを見ていられるならいいかなって思ってた。
秋が深まると、クラスの中はざわめくことが多くなる。
私は美大志望だけど、2つに絞ったまではいいものの、まだどこを受けるかは決めかねていた。
クラスメイトで幼なじみのなつきは、推薦で早々に決まりそうだ。
「西山くん、もう第一志望決まってるの?」
昼休みに聞いたら、西山くんにしてははっきりしない言い方。
「まあ、決まってはいるよ、一応」
「一応…?」
「親が強く勧めるから受験するんだ。でも、高校出たら音楽活動に本腰入れるから」
「音楽活動…って」
「実は、今もたまに小さなライブハウスでやらせて貰ってるんだ。軽音、早く引退したのもライブハウスでやりたかったから」
「そうだったんだ…もしかして、プロになりたいの」
「そりゃ、なりたいよ。小学生の時から憧れてたんだから」
ギター一本で音楽をやる人には、大学なんてそんな意味がないってことなんだろうな。
実は、まだ西山くんのギターも歌も聞いたことがない。
軽音のステージは、1回も聞いたことなくて。
この間、少しだけ聞こえてきたギターの音を思いだして、聞いてみた。
「軽音部のステージ、文化祭であるけど…さすがにもう出ないよね?」
「…ああ、それなら少しだけ出ることになったよ」
「え、そうなの」
「うん、良かったら聞きに来てよ」
目を細めた笑顔で屈託なく言われて、ドキドキしてきた。
これは、西山くんの歌を聴けるチャンスだ。
「そうだ、いいこと思い付いた」
急に、いたずらっ子みたいな顔になる。
「俺がプロになったら、ジャケットの絵、描いてよ」
「え、CDの?」
「そう。横顔がいいな」
ふふっと笑った顔は、私が弱い顔。
否応なしに私の鼓動を早くする。
思わず胸に手を置きながら、西山くんの希望を叶えたいと思った。
私に出来ることなら。
軽音部は引退していたけど、文化祭のステージで数曲歌うことになった。
ついこの間までは、手持ちの曲をと思ってたけど…
岡本さんが聞きに来てくれるならと、新曲を作る気になった。
あの時の、ノートいっぱいの俺の横顔を見た時の気持ちを、書きたくなったんだ。
俺の中に新しいメロディーをもたらした、岡本さんのことを。
10月の始め。
文化祭2日目の最後のステージ。
ステージに出ると、客席はほぼ埋まってる。
椅子に座って客席を眺めると、真ん中あたりに岡本さんが座っていた。
全部で3曲。
スローなリズムからアップテンポに変わる曲。
ミディアムテンポの身体を揺らしたくなる曲。
そして、3曲目。
スローなテンポで、あの日彼女が教室に現れてから、俺の中に流れたメロディーを歌った。
歌詞には、岡本さんだけに分かるよう、『横顔』というキーワードを入れて。
歌いながら、岡本さんのことを想った。
俺の横顔をあんなに描くのに、どんな風に俺を見ていたのか。
それを思うと、胸の奥をきゅっと掴まれたような気持ちになる。
この曲のメロディーに乗って、俺の気持ちも伝わればいいのに…
目を瞑らず客席を眺め渡して、岡本さんの瞳を見つめながら歌った。
しーんと静まり返った体育館。
ファルセットが消えた瞬間、皆が拍手をしてくれるなか、彼女が微笑んだのが見えた。
ステージを降りると、軽音の後輩たちが駆け寄って来て新曲のことを聞いて来た。
実は、新曲のことは誰にも言っていない。
曲を作るといつも聞いて貰ってる後輩にも、樹さんいつ作ったんですか、と突っ込まれた。
「作ったばかりなんだ…どうだった?」
「ええ~ほやほやなんですか?そんな感じしないですね。樹さんの曲にしては新鮮な感じでしたよ」
「新鮮?」
「恋人を想って歌ってるみたいで」
「そうか…」
…そうだ、彼女はどう思ったのか、知りたい。
「ごめん、ちょっと人を探しに行きたいんだ。後片付けもあるのに、申し訳ない」
「後片付けは、大丈夫です、人もいるんで。彼女ですか?」
「え、いや、そんなんじゃないけど…」
「分かりました、大丈夫ですから行って下さい」
「悪い、後でまた連絡するよ」
ステージの裏にまわり、そこからの出口を抜けると体育館の壁にもたれた彼女を見つけた。
もしかして、待ってくれていたのかな…
「ここにいたんだ」
声を掛けたら、彼女が顔を上げた。
「もう、いいの?ステージの片付けは終わったの?」
「いや。とにかく岡本さんと話がしたくて。後輩にお願いしてきた」
「そうなんだ…私も、西山くんと話したくて待ってたの」
彼女がもたれてる壁に、俺も並んでもたれた。
「聴きにきてくれてありがとう。座ってるとこ、見えたよ」
「あれ、見えてたんだ…なんだか目が合ってる気がして、ちょっと恥ずかしかった」
「俺、案外目がいいんだ」
「うん…そうね、あんな距離で目が合うなんて。でもね、目が合ってるだけじゃなくて、私のために歌ってくれてるみたいに感じて…嬉しかったの。だって」
少し俯いてる顔は、いつもよりもっと『女の子』に見える。
「あの曲、最後に歌った曲…あの時の歌なんでしょ。私のノートを見たときの」
少し赤く染まった顔を上げ、岡本さんは俺を見上げた。
「あのさ、俺の横顔だらけのノートを見た時、どう思ったか分かる?」
「え…」
「まるで告白されてるみたいだなって思ったんだ」
「いやだ、そうだったの」
「すごく、嬉しかった」
「西山くん…」
「だから、岡本さんのために曲作ったの」
「それって…告白、されてるみたい」
「ふたりとも、だね」
ふふっと笑った岡本さんが可愛くて、また俺の中にメロディーを鳴らした。
こうして隣にいてくれたら嬉しい。
そして、ずっといて欲しいと、この時初めて思った。
「もう、帰るの?」
「うん、一緒に帰ろう」
カバンを持って校門を出たら、彼女の空いてる右手に手を伸ばす。
手のひらを掴んだら、一瞬驚いて見開いた瞳を向けたけど、すぐ握りかえす。
ぎゅっと握って歩き出したら、横からふわっと彼女のかおりがした。