第1話 少女、○○に襲われる(R17.9)
R18にはギリギリ達していない……はずです。
「よっと」
二階よりもさらに上、屋根の端からぴょんっと飛び降りるゼロ・ヨルティア。そのまま受け身も取らずに足を地面へと着ければ、如何にゼロといえど増していく落下速度により、無傷では済まない。
「浮風」
それを防ぐ為にゼロは初級風魔術の一つ、浮風を詠唱する。着地する瞬間、下からまるで押し上げるように吹かれた風がゼロを、ふわっとだが小さく空中に跳ね返す。
それにより落下速度は0になり、初めに飛び降りた場所よりも遥かに低い場所から地面へと着地する形になった。
浮風、名前の通り使用者または対象者を空中に浮かべる風魔術。魔術を教える機関ではほんの僅かに浮かべるだけで、滞空は出来ないとよく注意している。理由は意味を上級風魔術の飛行と取り違え、事故が起きる事があるからだ。
「ほいっ、ただいまー。……あれ?」
ゼロは家の玄関を潜り、中へと入るといつもなら出迎えてくれる少女がいない事を不思議に思った。さらに目の前に広がるのはいつも見るリビングではなく、奥の見えない廊下。それをしばらく見続けたゼロは、ポンッと左手の上に右手を落とす。
「そうだそうだ、俺が廊下を全て繋げてさらに伸ばしたんだったな」
ここでこの家について少し説明しよう。家の外側には木々やレンガなどが使われている。しかし中はそれだけではない。空間をねじ曲げる魔術、それからゼロが持つ魔力の一部がそれぞれに込められているのだ。
肉体から物へと移り、直接触れる事が出来なくなった魔力を操る事は例え自分のであっても難しい。さらに物が大きければ尚更難易度は上がる。それを実現可能とする人物はゼロを除いてもほんの一握りしかいない。それだけ難しい技術なのだ。
「そいっ」
ゼロは壁に手を添え、タタンッと人差し指と中指で軽く叩く。すると廊下は一定の間隔で壁と床が外れ、数十個に分けられていった。本来、この家の内部はリビングを中心に左右に一つずつ、上斜めに一つずつ、玄関と正反対の場所に1つと合計五つの廊下へと分けられている。しかしゼロの『自分を起こしに来る少女への足止め』として一つの長い廊下へと変えられていたのだ。
切り分けられた廊下は本来あるべき場所へと戻り、ゼロの前には見慣れたリビングが現れる。そしてその奥に戻った廊下の先では、扉の前で転げ回る少女の姿があった。
「ひぁっ、ちょっ、どこ触って……ぁひっ!?」
転げ回る理由、それは自分の体に絡み付く細長い生物と戦っているからであった。ただ劣勢である事は誰が見ても間違いないだろう。腕や頭、腰、太股などあちこちに絡まれ、謎の液体で全身はベトベト。それが滑りを良くしているらしい。ヌルンッという気持ち悪い感触に少女は抵抗するものの、ここから逆転するというのはほぼ不可能である。
「よぅ、リーティア。俺の睡眠をよくも妨害してくれたな、これはそれの罰だ」
「ゼ、ゼロ様!?い、今までどこにひゃわんっ!?い、行ってみゅっ!?た、たんですかひゃうっ!!」
「屋根の上だ」
「は、はぃぃぃいいい!!?」
リーティアと呼ばれる少女に質問を返しつつ、ゼロは彼女に近寄っていく。しかしそれは近くで見たいからであって助ける気はない。
助けを求めるリーティアの声は聞こえていないフリで流し、手前で歩みを止める。ニヤニヤと笑みを浮かべ、見下ろしていると戦いに変化が起こった。
「へっ……まっ、そこ入っちゃだひゃぅぅんっ!?」
「おいおい、触手共分かってねぇなぁ。そんなまな板みたいな所に入ってどうすんだよ」
「ま、まな板なんて言わっ、んんっ……ボク、気にして、るっ……ぅうんっ!?」
メイド服の胸の辺りから中へと侵入された謎の生物もとい触手に、リーティアはもはや限界寸前であった。それを見てゼロは肩を落とし、溜め息をつく。
「そろそろ潮時か。ほらっ、戻ってこい」
姿勢を低くし、まるで犬を呼ぶように手を差し出すゼロ。触手達はそれに反応するもリーティアから離れる事はなく、しばらく迷うような仕草を始める。そして何かを決心した後、再び彼女の体に絡み付くのであった。
「ひぅっ……!?ゼ、ゼロ様ぁっ!さ、流石にもうっ……ひゃあんっ!」
「……ははっ、そうかそうか。主の命令よりも欲望に従うか。なら当然どうなるか分かってるんだろうなぁ?」
「あひっ……ゼ、ゼロ様?」
まるで準備運動をするかのように指を動かすゼロ。さらにはどこか息遣いも荒く、しかしそれを気にする事もなくリーティアとの距離を縮めていく。
「安心しろ、リーティア……目的はその頭の悪い触手共をとっ捕まえるだけだ。お前のまな板に興味なんてないぞ、絶対にない」
「そ、その割には……んっ、その、鼻血が……」
「……なぁ、リーティア」
────不可抗力って知ってるか?
「ふぅー、とりあいずこれくらいで勘弁してやるよ」
ゼロは一仕事終えたような気分でいるが、容赦なく(どこに、とは言わないが)突っ込まれてきた手に掴まれた触手達はそんな気分ではない。何故ならばモザイクをかけなくてはいけない程、悲惨な状態になっているからだ。例で言えば、ミミズがもはや原型を留めていないような感じである。
「もうお嫁に行けないもうお嫁に行けないもうお嫁に行けないもうお嫁に行けないもうお嫁に行けないもうお嫁に行けないもうお嫁に行けないもうお嫁に行けないもうお嫁に行けない」
「いや、いつまで言ってるんだよ」
また、廊下の隅ではベトベトなメイド服を着たままのリーティアがうずくまって絶望している。その原因となった本人は気にも留めていないが。
「だ、だって……ゼロ様、ボクのお、おお、おっぱ、い触って……し、しかもあんな興奮して……」
「触ったんじゃない、触手を掴もうと思ったら触ってしまったんだ。それとあの状況で興奮しない男はいない」
「ううぅ……そ、そうなんですかぁ……?」
涙目で尋ねてくるリーティアにゼロは脱いだローブをぶつけるように被せる。下に簡素な服を着ているからこそ出来る事だ。
そもそも罰と称して触手を仕掛け、さらに場合によってはトラウマに残るような事をしたゼロであるが、決して鬼畜ではない。涙を見せられたとなれば流石に罪悪感が湧く。
「え、えっと……ゼロ様、ローブが……」
「それ羽織ってシャワー浴びてこい。やってなんだが、すまなかったな」
「い、いえ……ありがとうございます。じゃ、じゃあまずは着替えを取りに……」
「そのまま行ったら液で汚れる床が増えるだろうが。俺が取りに行ってやる」
男性であるゼロが女性のリーティアの部屋に入る事は些か問題かもしれないが、2人からしてみればそれ程でもない。ゼロが彼女の部屋に入る事など日常的によくあるからだ。
先程までのやり取りを見ると、着替えの覗きや下着の盗みなど変態行為に関する事を疑われるかもしれないが、普段はああいった事には走らないよう自制しているのだ。たぶん。
「そうですよね……それじゃお願いします。着替えは動きやすい物をお願いしていいですか?今日は魔術を教えてもらう日ですから、出たらすぐに向かいますので」
「そうだっけか?」
「そうですよ!忘れないでくださいよぉ、ボク、ゼロ様の弟子でもあるんですからね」
そう言うとリーティアはゼロのローブを羽織り、『風呂場』と書かれたプレートが飾られたドアへと飛び込んだ。その姿を見終えたゼロはリビングへと向かい、唯一ドアを介する必要がなく、隣に作られているキッチンを覗く。
そこにはリーティアが準備したと思われる昼食が2つのトレーの上に同じように並べられている。サンドイッチに野菜のスープ、サラダと肉がないが主であるゼロの健康を気遣っている事は明白である。
「……久し振りに一緒に食うか」
ゼロはそう呟くと伸ばしていた手を止め、うるさく鳴る腹も無視する。そしてまずはと着替えを取りにリーティアの部屋に向かうのであった。