俺、またフラグを壊す。悲しい。ワンコ
瞼越しでも感じる強い明かりに目をすぼめる。
「う〜ん...」
それでもなお、目への攻撃を止めない明かりを、布団を被ることによって防いだ。
だが、それも直ぐに誰かに布団を取られるという事で出来なくなってしまう。
「昴起きなよ」
「んぅ、後一時間...」
「何言ってるのさ、ここ学校だよ?」
「うぇ?がっこう?」
ふわふわしている頭で、薄目を開け話している相手を見る。
自分に似た髪色が目に入り、頬を綻ばせた。相手はそんな俺のおでこにキスを落とすと、優しく微笑む。
「起きたかな?俺の可愛いお寝坊さん」
「ん、おはよう。兄貴」
寝癖でも出来ていたのだろうか、兄貴は髪を上から押さえ付ける。だが、ちっとも頭に負担がかかっていないのが兄貴の凄いところだ。兄貴の手に掛かればハゲの心配も無さそう。
「あれ?否定しないんだね」
兄貴は口元にその細い繊細な指を持っていくと、くすりと笑みを零した。
こんな綺麗な人を見たら、いくら性別が男だっていたって惚れるよなぁ...。兄貴が重度のブラコンだと言う事を知っている俺は無いけど。
「昴、聞いてる?」
「あっ、すまん兄貴。考え事してた」
「素直な昴も可愛いって言ったんだよ。ああ、本当に可愛い。俺の昴」
目の前の兄貴に先程の面影など無い。そんな兄貴の姿を見ていると、複雑な気持ちになりながらも、こんな兄貴の姿を知っているのは弟である俺の特権のようにも思えてきて、少しだけ優越感を抱く。本当にほんの少しだけだけど。
「......っ、何その顔」
「えっ、なに?顔?」
「ずるいよ。昴」
混乱している俺を尻目に兄貴は俺の肩に顔をうずめる。兄貴の髪が首に当たってくすぐったい。兄貴も俺の制服に顔をうずめて痛くないのだろうか。
いや、そう言えばこの金持ち高の制服はどれも素材が良かったな。何か、ムカつく。
「わっ、え、ぁ」
肩にあった兄貴の顔は一瞬のうちに俺の目の前に移動した。
お互いの息と息が当たるぐらいの至近距離に兄貴の整った顔がある。大きな声を出すと息が兄貴にかかってしまうと思うと、自然と声が尻すぼみ気味になった。
「あんな期待させるような表情して......俺をどうしたいの?」
兄貴の切羽詰まった声に兄貴の顔をまじまじと見つめる。
そう言えば息の事を意識していたので、兄貴の顔をあまり見ていなかった。
「分かってる?俺は昴が好きなんだよ」
「あに......き?」
「怖いんだ。昴に愛する人が出来て、父さんや母さんみたいに俺を置いて行ってしまうことが......」
小さく誰に聞かせるでも無いぐらいの声量で、「一人になるのが、怖い」と続けた兄貴は、迷子の子供のように不安で堪らない表情をしていた。
そんな兄貴に思わず手が伸びる。だが、兄貴の顔を包もうと動いた腕は力なく途中でストンッと落ちた。
「父さんや母さんに捨てられても、昴が居たから耐えられた。その昴に置いて行かれたら、俺は耐えられる自信が無い」
そう告げた兄貴の顔は俯いたことにより、見えない。
だが、そう告げる兄貴の声が震えている事から、おおよその予想は付いた。
「昴をこういう形でしか引き止めることが出来ない俺を、嫌いにならないで」
兄貴の手は拳の形を作り、ふるふると震えている。
それにより、兄貴の髪も揺れる。その位置に丁度ある俺の鼻にとっては、紙縒りのような役目さえ果たしているのだ。ああ、ダメだ......
「ぶぇっくしょん!」
俺のくしゃみの音と、ベットの振動により、兄貴の身体がビクッと跳ねる。
俺はそんな兄貴の顔を見ると、笑い返してくれる事を期待して、笑いかけた。
「ごっ、めん。こんな事言うつもりじゃ......っ」
我に返った兄貴は俺を残して、出て行ってしまう。
返されなかった笑顔は、残った静寂の中で悲しげに歪む。
「おい!お前要に何しや......がった...」
大きな音で扉を開けて、誰かが入って来た。
俺はそれを虚ろな目で見つめる。兄貴を追いかける気力も無いのに、扉の心配など出来るわけが無かった。いや、やっぱり心配だ。壊れてないだろうな。
「おい。お前大丈夫か......?」
「何がですか?」
「いや、その...泣いてんじゃねぇか」
「えっ、あ、そうで......すか」
信じられず、自分の頬を手で触れる。確かに、指から湿りを感じた。
「俺の事は大丈夫です。それより、兄貴に何かようがあったんじゃないですか?」
「あ、ああ」
「責めないんですか?そのつもりで、来たんでしょう」
「そのつもりだった。だが、俺も偏見でどちらか一人を責める事はしねぇよ」
「先輩も人間の心持ってたんですね」
「あぁ"?テメェ俺様をなんだと思ってやがったんだ」
「チンパ──」
「それ以上続けたら、殺す」
「どっちなんですか......」
俺様会長は機嫌が悪そうに斜め下を向くと、手でがしがしと髪を掻いた。
「気が狂う」
「......え?」
「テメェがそんなしおらしいと、気が狂うつってんだよ!」
くそっ、と吐き捨て目を合わせようとしない俺様会長の頬は紅く色付いている。
そんな普段の姿からは連想出来ない俺様会長の姿に思わず、笑みが零れる。
「な、なに笑ってやがる!」
「だって、親衛隊を性欲処理に使ってるような人間が、こんなピュアな反応......ぶっ、ひひひ」
「テメェは豚か。んな事より、俺様がいつ親衛隊の奴らを性欲処理に使ってるなんて言った!」
「あれ、違うんですか?」
「べっ、別に違ってねぇけどよ......」
そう言うと、気まずそうに顔を俯かせ、後頭部をがしがしと掻く。
あんなに掻いていては禿げるのが早くなりますよ。イケメンのハゲ......何故だろう。俺様会長はハゲてもモテている気がする。世の中は理不尽だ。
「はいはい。程々にして下さいね。そんな事をしてると、本命に恋愛対象としてすら見て貰えませんよ」
少し棘を含んで言ったのは、決して俺様会長の顔を僻んだ訳では無い。決して。
ただでさえ背が高い俺様会長なのにも関わらず、ベットに居る俺との身長差は威圧をも感じる。いや、確かに先程までは感じていたのだが、今はヤンチャな柴犬がキャンキャン吠えている風にしか見えない。
「ぶぅぅぅ!」
「ちょっ、俺様会長汚い!」
ベットに座っていて良かったと心の底から思った。掛け布団はさわれなくなったが、立っていたら、顔に唾がかかっていたかもしれない。
いや、立っていても俺様会長の唾は俺の頭上を飛んでいくか。けっ、高身長なんて死んでしまえ。俺に身長を伸ばす秘訣を教えてくれたら許す。
俺の言葉を聞いた俺様会長は目を異様な程泳がせ、頬は先程の比ではない程に真っ赤だ。振り回されている両手は意味をなく空気を掴んでいる。
「そんなっ、わけ......いや、そうなのか」
表情がコロコロ変わる人だなぁ。
ゲームの中の俺様会長にはこんな風に恋に悩んでる描写は無かった。どちらかというと、最年長として強引ながらも、経験の多さから主人公をリードするキャラだった筈だ。こんな年相応な姿は見た事がない。
こんな一面を見ていると、やはりゲームではないという事を実感する。
それに、俺は兄貴の事を家族として大好きだ。だからこそ、ゲームとか関係なく兄貴には幸せになって欲しいと思っている。まあ、萌え萌え言っている俺がどの面下げて言ってやがると思うだろうが。
強姦がOKなのはあくまで架空の物語の場合だけだ。現実であってもそれはただの犯罪である。それと同じように、ゲームでいうところの『BADEND』だけは避けたい。
まあ、やむを得ない理由での別れENDだとしても、数年後に大人になった攻略キャラが迎えに来るので、全然大丈夫だ。だが、そんなものとは比にならない程にエグいENDがこのゲームにはいくつも存在している。
このゲームはR18である。これを聞いて舞い上がった者。出てこい。
だが、安心したまえ。俺もR18の文字を見て買った勢であった。しかし、このゲームのいうR18とは『残虐な描写』の事だったのである。
正確に言えば本編の番外編のような物がR18であった。
本編はR15であり、多少のスキンシップ程度のえつぃシーンや、喧嘩などの暴力シーンはあったが、そこまで過激ではなかった。だからこそ、はぐらかされているENDもいくつかあった。
ハッキリ言おう。あれは本編とは全くの別物だった。
HappyEndの醍醐味とも言えるイチャラブえつぃシーンは勿論あった。あったのだが、他のBADENDが言葉を失うほどに過激過ぎて、印象は薄れてしまっている。
何故HappyENDのところで止めて置かなかったのか。BADENDは公式の微かな希望さえ抱かせる気は無い。という声が聞こえてきそうなぐらいエグかった。
もしこれがスピンオプとかであったら、良かったかもしれない。だが、『番外編』となると、そのルートに入った瞬間に終わりは見えているのだ。この世界が本編であろうとも、番外編であろうとも、どちらであっても、終末は同じなのである。
この世界がゲームの世界であると知った時二番目に考えたのがこれであった。
一番は『ヒャッハァァァァ!BL見放題!勝ち組!そこら辺のカップルが霞んで見えるぜ!へっ、羨ましいだろうリア充共!......いや、やっぱり彼女欲しいっす』であったが。
兎に角、俺はイレギュラーという自分の立場を利用して、BADENDに持ち込む可能性のあるキャラの地雷を兄貴に踏ませないようにする。または、BADENDになる場所に行かせないよう出来る限り励むつもりだ。
そのせいで俺が多少の傷を負ったとしても、死んだとしても構わないと思っている。それぐらいには、兄貴をゲームキャラとしてでは無く、人間として好いていた。
「もし、兄貴が処女じゃなくてビッチだったら、どう思いますか?」
兄貴に限ってないがな。これで「本当か......?」とか聞き返してきたら、はっ倒す自信しかしない。まあ、俺様会長は族の総長とかいう馬鹿みたいなものをやっているので、手間取ると思うが、倒せない相手ではない。
......いや、強がりました!勝てるわけないっす!一発でやられる自信しかないっす!
ボコボコにされている俺の姿を想像した俺は背筋に寒気を感じ、身体を抱きしめる。
俺様会長の方を向くと、目を見開いた体制のまま固まっていた。
「あのー、会長さーん?」
「そんなわけ無いだろう......」
「いや、だから例え話ですって」
「お前は要を侮辱してんのか?」
ヤバい。目がマジだ。
「そんな訳ないじゃないですか。少しムカつきました」
「そうだよな。すまん」
咄嗟に返した俺を褒め讃えたい。ここで返してなかったら、無言を肯定と捉えられ、兄貴狂信者の俺様会長の手により、俺がどうなっていたか分からない。
「で、どう思うんですか」
「ああ、要の初めてを奪った奴を一生憎むだろうな。要の身体を弄んだ奴を見つけ出し、社会的にも人間的にも確実に殺す」
「あっ、そっちですか......」
俺はてっきり、「失望する」的な事を言うと思っていた。
どうやら、俺様会長の兄貴への愛は本格的にヤバイ領域にまで到達してしまっているらしい。俺様会長に対しての認識を改めなくてはならないかもしれない。
「それが、どうしたんだってんだ?」
「ですから、俺様会長が感じたそれを兄貴も感じているのでは?っと言おうと思ってたんですが、やっぱ──」
「んてことは、要も俺と同じ気持ちっつう事じゃねぇか!」
「ポジティブですね」
「違ぇのかよ......」
しょぼんと、肩を落とす俺様会長の姿はさながら、チワワのようである。
「でも、そう思うって事は少なからず、ムカついたって事ですよね?」
「ああ、ムカついたっつう事になるんだろうな」
「俺様会長だから、兄貴に失望しないで相手に怒りの矛先が行ったのかもしれないですけど、兄貴がそんな俺様会長に失望する可能性もあるんですよ」
「なっ、」
もしかして、考えたこともなかったのか。このお坊ちゃんは。
考えてみれば、容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能の俺様会長が誰かに失望されるということ自体あるわけが無い訳で、考えたこともなかったのだろう。
まあ、それが主人公である要に惚れるきっかけとなっているのだが。
「じゃあ、俺様はどうすれば......」
「まあ、その一人称『俺様』も中々に痛いですけど、その前に一途である事をアピールしてみてはどうですか?」
「そんな事で要は俺様を好きになるのか?」
「そんなこと知りませんけど、少なくとも今より嫌われる事はないと思いますよ」
「そうなのか......ってテメェ!さっきから、どさくさに紛れて俺様を俺様会長と呼んだり、俺様の一人称を馬鹿にしたり、ナメてんのか。あぁ゛!?」
「そのためには親衛隊との体の関係を今すぐにとは言いませんけど、少しずつ絶っていかないとですね」
「そっ、そうなのか」
なんだこの会長。こんな見え見えの話のすり替えにまんまと引っ掛かるなんて、可愛いところあるでは無いか。これで、男遊びを辞めてくれれば、兄貴とくっついても大丈夫かも。
この時の俺は『兄貴が俺様会長を選ぶ可能性がある限り、会長の男遊びだけは辞めさせておかなくちゃ』という事しか頭になかった。
だから、俺が転校してきてから俺様会長の男遊びがおさまってきている事を知った生徒達に「会長様の本命は要様の弟なのではないか」と噂されるなんて未来。頭の片隅にも無かったのだ。
「そうですよ。頑張ってくださいね」
「......っ、」
この時の俺には俺様会長が、忠犬にしか見えていなかったので、犬を撫でる感覚で俺様会長の頭をくしゃくしゃと、それでいてこれ以上頭皮に負担がいかないよう、優しく撫でた。頑張れの意味も込めて、ゼロ円スマイルも付ける。
「俺様会長の事、少し見直しました......」
「あっ、ああ」
笑顔で頭を撫でながら、素直になれない俺は感謝の意味を含めて、そんな事を言う。戸惑いながらも、ぎこちなく笑う俺様会長を見る。
この俺様会長なら、もしかしたらBADENDルートに入らないかも...
そこまで考えた時に一気に頭が冷める。
何故、俺様会長はここへ来たのだ。そう言えば、俺は自分の居るこの部屋が学校のどこであるのか把握していなかった。保健室でないことを祈り、俺様会長に聞く。
「俺様会長さん、ここってどこですか?」
「ここか?学校だろ、何言ってんだ?」
「いや、違くて!この部屋です!」
「ああ、その事か。ほけんし──」
俺様会長の言葉を最後まで聞かずにベットから勢いよく飛び起きる。
そうだ。そうだ。そうだ!
混乱で目がグルグルと回っているのを感じる。
本来このベットに居るのは俺では無かったのだ。そう、本来居るべきだった人間は俺様会長と、その親衛隊隊長である男子生徒であった。
シナリオはこうだ。俺様会長の親衛隊隊長である男子生徒は隊長でありながら、隊員の中で唯一俺様会長に抱かれた事がない人間だった。何度も志願するが、尽く跳ね除けられる。
正確には抱かれたことはあったのだが、その時に男子生徒が酒を飲んでしまい。主人公である要に酔った勢いで抱かれた事を自慢げに話してしまったのだ。その事から俺様会長は自身の親衛隊隊長である男子生徒を抱かないと決め、いくら誘われてもその誘いに乗ることは無かった。
そんな俺様会長に痺れを切らした隊長は保健室に教員が居ないことを確認すると、俺様会長を保健室に誘き寄せる。そこで、会長に無理やり抱かれるのだ。退学をも覚悟していた隊長は色々な意味で強かった。
そんな場面に体育の授業で擦り傷が出来た要は遭遇する。
隊長に言われた言葉を気にしてはいたが、俺様会長に確認するまではと思っていた要。俺様会長の事を信じていたのにも関わらず、衝撃の現場を目にしてしまった要は涙を流し、その場から立ち去る。
要は外に出ると、張り詰めた糸が切れたように泣き出す。
そんな要を見つけた絶賛サボり中のチンピラ生徒共数名は要を強姦するのだ。そこに要を追いかけて来た俺様会長が、その現場を見つけ、そいつらを殴り倒す。
そこから、告白シーンへと繋がるのだが、兄貴が出て行ったのにも関わらず、俺が俺様会長を引き止めてしまった為に俺様会長は兄貴を追いかけてはいない。
「俺様会長!ついて来て下さい!」
「なっ、いきなりどうし......っ、」
俺は俺様会長の腕を掴むと、告白シーンのスチルを頭の中で広げる。
そこから、おおよその兄貴の居場所を絞り込んだ。全速力で走っていることで自分に当たる風が、まるで俺を責めているかのように思えてきて、自分が惨めに感じる。
どうか、兄貴が無事でありますように。そんな願いのもと、俺は走った。
久しぶりに筆が乗り、楽しんで書くことが出来ました。
この話を書く上で、作品をまた見直したのですが、書き方が今と全然違くて成長を感じました。その変化を読者様達に良い変化だと思って頂いているかは分からないですが、それでも読み続けてくださる読者様に深い感謝を感じます。
引き続きこの作品をよろしくお願い致します。