ミラーハウス
蛇足
このままここにいたら殺されるってわかった。
痛いのもぎらぎらしたおやじたちの目も怖くて、包丁で切られて血だらけだったけど必死に逃げ出した。
助けてなんて言っても誰も助けてくれないし、捕まったら保険金とかいうのの為に殺されてしまうから待てと叫ぶ声が聞こえなくなるまで振り返らずに走ったけど、ちょっとずつ寒くなって、ぐらぐらと体が揺れて走るのも遅くなってきた。
あーあ、このまま死んじゃうのかぁと思うとなんだか寂しくて悔しくて、どうせ死ぬんだったらずっと行きたかった遊園地に行こうと月のない真っ暗な道をふらふらと走って小さな遊園地の外にあった柵の下の方の隙間から忍び込んだ。
当たり前だけど、夜は真っ暗で動かない機械が影を作っているだけで何も楽しいものなんてなかったけど、扉のない大きな鏡がいくつも並ぶ迷路の中をずるずると身体を引きずるように歩いていく。
足の下には赤い靴跡。
切り付けられた腕も半分くらいぷらぷらと揺れている。
いくつもの鏡に映る先の見えない道にぼろぼろのおれが映ってまるでお化け屋敷みたいだ。
ドクドクって心臓が壊れそうな音を立てて身体中が熱いけど、あんまり痛くないのは嬉しい。
だって痛いのはもう嫌だ。
立っていられなくなって隅の方に座り込む。
だらだらと赤いものが流れて、少しずつ寒くなって、このまま一人で死ぬんだなぁてわかってた。
だから……
「ねぇ、何してるの?」
「あ?」
「そんなところに座ってないでぼくと遊ぼう」
「痛っ」
ぐいっと腕を引かれてとっさに怒鳴ってしまった。
「えっ、あ、ごめんね。痛いのか……あ、そうだよね。まだ違うもんね。えっと、ぼくが魔法をかけてあげるねっ」
えいえいえいっと見知らぬ男の子がオレに向かって何か両手を広げて喚いている。
魔法なんてあるはずないのに、なぜか痛いのも熱いのも平気になってくる。
「もう平気? なら、ぼくと遊ぼう」
「あ? オレのことなんてほっとけよ」
「えー、ほっとかないよ。友達だもん」
「お前なんて知らないから」
「ぼくも知らない。でも、今日から友達だよ。よろしくね?」
かくんって首を傾げて笑うその子が変なのに、なぜか泣きたくなってくる。
誰も友達になんて言ってくれなかった。
可愛そう。大丈夫なんて言いながら、あの子には関っちゃダメって近づいてもくれなかった。
オレはこのまま一人で死ぬんだって……
「よろしくね? お願いします? こんばんは?」
かくかくと首を左右に揺らしながら、変なことを言う変な子はその間も手をずっとオレに伸ばしている。
「へんな奴……」
伸ばされた手を動く方の手でぎゅっと握る。
痛くはなくなったけど、切られた方の腕は動かないからちょっと面倒だ。
「そっちもへんだよ。ずっと泣いてるし。楽しい? ぼくもできるかな?」
「楽しいわけないだろ。泣いてたら遊べないぞ」
うーんうーん。出ないーっと顔を真っ赤にしているへんな子についくすっと笑ってしまう。
「えー、それは嫌かもっ。遊ぼう。ここはぎりぎりに出てきたからあんまり時間ないんだ」
「何言って……」
「消える前に遊ばないとね」
ぐいっと引っ張られて歩き出す。
ここは行き止まり、こっちは、あー、ぶつかった。痛いよーっ。
大騒ぎしながら歩くへんな子に気づけばオレも騒ぎながら笑っていた。
ぐるぐると赤い靴跡を付けながら、なぜか痛くないまま走り回る。
ぐるぐる。くるくる。
気付けば黒い出口と書かれた扉の前まで来ていた。
ここを出たら終わるんだとわかっているから足が進まない。
きっとこの楽しい時間は夢だから、目を覚ましたらオレは一人で暗い建物のどこかで痛いと泣きながら死んでいくんだろうとわかってた。
「ねぇ、ぼくと友達だよね」
「……どうせ夢……あ、いや、友達……だよ」
夢だと言おうとしたらムーッと頬を膨らませるから仕方なく恥ずかしいけど、友達だって答える。
夢でまで友達が欲しいなんてオレはどれだけ一人が嫌だったんだろう。
「よかった。ずっと、ずっとぼくと友達でいてね」
にっこりと笑ったその子がどこから取り出したのか大きな斧をオレに振り下ろす。
「うわっ……」
とっさによろけた腕に当たって、ただですら切られて千切れそうだった腕がごろりと落ちる。
赤い水がたくさんでているのに、魔法のせいで痛くないからまるで楽しい夢がへんなホラーになったみたいだ。
「避けたらダメだよ。傷が増えちゃうっ」
「っ……助け……」
思わず出口に向かって走り出そうと思った時、誰が助けてくれるんだろう? と思ってしまった。
みんなオレに死ねと言っていた。
オレを殺そうとした。
やっとできた友達も……でも、どうせ殺されるならあんなやつらに殺されるより……
出口に向かって走り出そうとした足が止まる。
振り返った視界ににこにこと笑いながら斧を振り下ろす友達の顔が最後に映った。
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そうして、オレは死んだ。
「うわーん。ごめんねーっ。どうしようっ」
はずなのに、目を覚ましたら腕らしきものを持ったあの子がを泣きながらオレを見下ろしていた。
「あー、死んでないの……か?」
「ごめんっ。ごめんねっ。君の事、外まで運び出すのが精いっぱいで、腕、拾うの間に合わなかったのっ。どうしよう。ぼくの切ってもつかないんだよ」
ぎゅーぎゅーとその子のものらしい腕をオレの肩に押し付けてくるけど、腕ってくっつくものじゃない気がする。
「何言ってんのかわかんない」
「うっ、あのね。朝になって建物が消えるまでにお友達を殺して外に連れて行ったらぼくの世界の子になるから、バラバラになっても腕でも首でも好きにくっつけられるんだ。でも、遊ぶのが楽しくて時間がギリギリになっちゃったから君と君の首を外に連れて出るのが精いっぱいで……拾いに戻ってちゃんとくっつけるはずだったのに間に合わなくて……ごめんね。どうしよう。腕だけ帰っちゃった」
「だから何言ってるのかわかんないよ」
むにーっと片方の手でほっぺたをひっぱると思ったより伸びる。
「のびちゃう~」
「自分のならくっつくんだったらさっさとくっつけろよ」
頬を放してそいつが持っていた腕を取り上げて、元々腕があった場所に押し付けたら本当にするするっとくっついた。
何これ、キモッ。
「キモッ」
「酷いっ」
つい、思ったことが漏れたら、きもくないもんっといいながらまたダーダーと泣き始める。
へんな奴。
わけの分からないことを言って、誰も近づきもしなかったオレの友達になって、にこにこと笑いながらオレを殺したくせに、腕がないっといいながらわんわん泣くへんな子供。
「わけわかんないけど、いいや。先に言うことあるだろ?」
「ん? えっと、殺してごめんなさい? 友達になってね?」
「ちげーよ。それより前に名前だろ」
というか、殺してごめんなさいってなんだ?
「名前なんてないよ。名前なくても困らないし」
「困るだろ。名前呼ぶ時とか」
「誰も呼ばないし。酷いよね友達になってくれるって言ったくせに、友達になったらぼくを怖がって逃げていくんだ。どこにも逃げるとこなんてないのに……て、なんで逃げないの?」
なぜか不思議そうにオレを見て首を傾げるそいつの頬をむぎゅーっと引っ張る。
「いひゃい」
「お前なんて怖くねぇし……名無しじゃ呼ぶとき困るからお前はナナな。オレは信也……いや、シンって呼べよ」
「ぼく、ナナなの?」
「友達だったらあだ名くらいつけるだろ。嫌なのかよ」
「う、ううん。嬉しい。友達。初めての逃げない友達だーっ」
へへへっと笑う間抜けな顔のこいつが怖いなんてわけが分からない。
ちょっと斧を振り上げて殺しに来たけど、そんなのオレが親に殺されそうになった時にくらべてぜんぜん痛くもなかったんだから、ちょっと死んじゃうくらいどうってことないだろう。
「シン君。遊ぼう。どこに行く?」
「先にお前の家連れてけよ。血だらけで気持ち悪い」
「家? 何それ?」
「は? 住むとこだろ? どこで寝てんだよ」
不思議そうに斜めに首を傾げるナナに合わせてオレも首を傾げる。
「そこらへん?」
「は? 野宿かよ。風呂もないなんてありえねぇ」
あってもまともに風呂にも入ったことないオレに言われたくないだろうけど、死んでしまってここは夢の世界なんだから欲しいものはなんでもあるのが当然だもんな。
「えっ、そうなの? ダメなの? 家建てる? お風呂があったらいいの? 薪で炊くんだっけ?」
えーっと言いながらどうしよう。どうしようとバタバタしているナナについぷっと笑ってしまう。
なんだよ。薪って、鍋と勘違いしてるし。
「ナナは魔法使いなんだろ。オレが教えてやるから出してくれよ」
「あ、教えてくれるのならできるよっ。ぼくは何でもできるからねっ。家、家、えいっ」
えいっというだけで何もない暗いだけの空間に昔話に出てきそうな家がぽんっと出てくる。
なにこれ、本当に魔法使いみたいだ。
「うわーっ、すごい。ナナ、これ絵本みたいだな? 家もこんな感じに出せるのか?」
「え? あれ? 家? 家ってこれじゃないの?」
不思議そうに首を傾げながら、家、家っと繰り返しているナナの手を引っ張って、桃太郎が出てきそうな家の中を走り回る。
「面白いなぁ。これ、中ってこんななんだ。ここ住めそうだよな。家っぽいっ」
「だから家だって」
「住めないだろ? 水道も、風呂もないし」
「え? 住めるよ?」
ナナが変なこと言ってるけど、どう考えてもこんなの遠足の見学コースで見学するところで住むところじゃないし。
「うー、シン君の言ってるのよくわかんないよぉ。シン君の世界を覗かせて?」
「は? どうやって」
「こうやって」
コッツンコって額をくっつけられたら、頭の中に映画みたいにオレが覚えている痛くて苦しくて楽しくない世界がぐるぐると流れていく。
どこに行ったとか、死体がなかったら保険金がとか汚い顔で喚いている親がいる。
はは、ざまぁみろって少し楽しくなった。
「ムームー、シン君のところ、楽しそうなところなのに……楽しくないね。あの、大人の人たち何かキライーっ。よくわかんないけど、指の先から腐る呪いかけちゃおっ。えいえいっ」
突然痛いって喚いて転がってヒーヒー叫んで泣き喚きだした頭の中の二人に、つい目の前のナナの顔を見つめてにぃっと悪い顔で笑ってしまう。
「すげぇ、ナナかっこいい」
「えっ、かっこいい? ぼく、カッコいいんだ。わーいっ」
頭をこつんとぶつけたままわーいっと両手を持ち上げて喜んでいる間も二人はごろごろと転がってる。
でも、こんなのもうどうでもいい気がしてきた。
「ナナ、他のところ見ようぜ。家とかコンビニとか、学校とか、オレ、ゲームセンターとか行ってみたいかも」
「ゲームセンター? 何それっ、さっきのガラスの建物とは違うの?」
「あんなの子供向けだろ? ぜんぜん違うし」
「そ、そうなんだ。シン君って物知りっ。すごいね。楽しそうっ」
知らないのに適当に言うだけで、ナナは目をキラキラと輝かせてオレを見つめてくる。
「そうだろ。だから、いろいろ作ってくれよ。たくさん遊ぶんだからな」
「うん。友達のぼくが、友達のぼくが、友達のぼくがーったくさん楽しいもの作ってあげるね」
「うざい」
「ひどいっ」
ガーンッと口で言いながらもにこにこと笑いながらナナがオレに手を差し出してくる。その手を残った手でしっかりと握る。
「いいんだよ。これからずっと一緒にいるんだから外面よくしてもしょーがないし」
「へへ、うん。ずっと一緒にいようね。いろいろ見て、いろいろ作ろう。シン君の世界のモノでたくさんにしてあげる。だって友達だもんねっ」
「おー、あ、でも人もいるよなぁ。人のいない街なんてホラーだし。オレの他にも人いるんだろ?」
「……たくさんいるけど……ぼくと話してくれないし」
「だったら、オレが変わりに話してやるから、普通に生活してもらおうぜ。そうしたらホラーな感じじゃなくなるし。嫌なことする人は元の所に帰ってもらえばいいだろ?」
帰れるか、帰れないか知らないけど……
死んでる時点で帰ったら死体になるのか?
「おおおっ、シン君あたまいーっ」
よくわかってないナナが手をぎゅっと握ってぴょんぴょんと飛び跳ねる。
オレがちょっと優しくするだけでこんなに喜んぶのに、どうして誰もナナを喜ばせてやらなかったんだろう?
別に殺されたくらい許してやればいいのに。
ああ、でも、他の奴がナナを便利に使ってるとムカつくからナナの友達はオレだけでいいかもな。
「シン君。ずっと友達でいてね」
「……ああ、ずっと友達だ」
ほんのりBL風なのは作者の仕様です。
ヤンデレ気味なのも仕様です。