第28話 竜紅人 其の三
「そういえば竜紅人、神気は調整出来るようになったのですね?」
咲蘭が竜紅人に向かって言う。
「ああ、ようやくな。つーか、調整出来てねぇのに、この辺歩いてたり、ましてやお前や香彩と話したりしてたら、本気でおっさんにぶった斬られるって」
「まぁ、ぶった斬られることはないでしょうが、後が怖いのは確かでしょうね。特に香彩のこととなると目の色が変わりますし」
「全くだ。大体過保護過ぎんだよ、あのおっさん」
少し乱暴に香彩の頭を撫でながら、竜紅人がそう言う。
咲蘭の発した『神気』という言葉に反応したのか、香彩は無意識の内に、竜紅人の気配を読み取っていた。
(……何だろう)
確かに竜紅人の気配であり、神気だ。
だが仄かに、あたたかくて。
(とても、懐かしい)
思わず泣き出してしまいそうな『懐かしさ』は、とても儚くて、感じ取れたこと自体が気の所為ではないのかと思う程の、幽かなものだった。
「さぁて! 軽く流してくるとすっかな」
じゃあな、と香彩の頭を一段と強く、くしゃりと撫でて、竜紅人が香彩の左側を通り過ぎようとした、まさに刹那。
果たしてそれはどちらが早かったのか。
ふわりと風が動いた気がした。
こそりと。
香彩にしか聞こえない声の高さで。
呟かれる言葉がある。
──いつまで気付かない振りをするつもりだ、と。
「──……っ!」
香彩が肩越しに振り返るその側を、竜紅人との僅かな距離を、剣撃による衝撃波が走った。
それは行かせまいとする牽制だったのだろう。
だがそれは。
ひと足、遅かったのだ。
香彩の左手首に痛みが走る。
力強く掴まれたのだと、ようやく気付いた。
「よくわかったな」
竜紅人の声色で確かに、咲蘭に向かって彼がそう言った。
「我ながら上手いこと化けたつもりだったのだがな」
くつくつと彼が嗤う。
息を詰めながら咲蘭が、『力』の塊である刀剣を構え直す。
「……竜紅人は私のことを、決して『お前』とは呼ばないのですよ」
「ほぉう? それはそれは、こちらの勉強不足だ」
ぐいっと彼に引っ張られる瞬間に感じた痛覚は、決してそれだけのものではなく。
印だ、と香彩は思った。
紅の鎖の様なものが手首に浮かぶのを見て、香彩は自身の術力を集中させる。
自分のものとは違う『力』が入り込む感覚に、抵抗をしたつもりだった。
だが……。
かくん、と力が抜ける。
急激に奪われ、失っていく術力に眩暈を覚えたのを見破られたのか、左手首を拘束されたまま、引き寄せられ。
視界の端で見えたのは、にぃと嗤う彼の顔。
背に当たるのは竜紅人の体温か。
鋭く伸びた竜爪を、これ見よがしとばかりに見せつけて。
宛てがうは、少年の細い首だ……。




