第27話 竜紅人 其のニ
ねぇ、と顔を見合わせて笑う香彩と咲蘭に、お前らなぁと肩を落とすのは、竜紅人だ。
ああ、これは竜紅人なのだと、香彩は意識のどこかで生まれた感情に、気付かない振りをしながら、反芻する。
不意に竜紅人が何かに気付いた様に、少し屈んで香彩の顔を覗き込んだ。
「まだ顔色、良くねぇだろ。湯を使って大丈夫なのか?」
話ながら香彩の額にそっと触れる竜紅人に、香彩は先程の咲蘭の言葉を思い出し、苦笑する。この分だとあの人も同じ事をしそうだなと、心内で思いながら。
「……熱はないみたいだな」
「うん、大丈夫だよ」
「今日はちゃんと寝とけよ。心配だからって療のところに行くなよ」
わかったなと念を押す竜紅人に、うんと香彩は頷く。
咲蘭と竜紅人、ふたりに心配されるほど、どうやら自分の顔色は良くないらしい。香彩は小さく息を付く。
「温かい香茶でも飲んでから、寝たいなって思ってたから」
「寝る前に香茶なんか飲んで大丈夫なのか? 眠れなくなるんじゃないのか、お前」
「だから、そこまで子供じゃないって」
以前にも同じ心配をされたことがあった為か、香彩がむっとした表情をする。
そうだったな悪い悪いと、粗野な口調が頭の上から降ってきたと思いきや、軽く頭を撫でられて、香彩は感情の矛先を見失い、大きくため息をついた。
「そういえば、療はどうしたのです? 一緒ではないのですか?」
療、という言葉に香彩は咲蘭に向けて、つ、と視線を上げる。
「ああ。起こしてもなかなか起きないから置いてきた。神気の調整のきかない俺と同室だったんだ。『膜』の強化も止めさせちまったし、疲れたんだろうよ」
「確かに……ただでさえあなたの神気が強いというのに、療の妖気も加わってしまったら、怒り兼ねないない人がいますものね」
「『兼ねない』じゃねぇって。最愛の息子とお気に入りがぶっ倒れてんだから、確実に怒るって」
そう言ってからしまったという表情をした竜紅人に、咲蘭がにこりと笑う。
「聞かなかったことに致しますので、大丈夫ですよ竜紅人。後で療の様子も見てくることに致しましょう」
「あ、ああ……そうして貰えると助かる。で! お前は便乗して付いていくんじゃねぇぞ、香彩」
竜紅人のこの言葉に対して、少し機嫌を悪くしながらも香彩は、わかってるよと返す。
療の様子を見たい気持ちも、話をしたい気持ちもあった。だが『気配』に過敏になっているこの身体では、話をするどころか余計な心配を与えてしまうことぐらい、分かっていたのだ。
竜紅人は話をしただろうか。
香彩は何気なく聞いたのだ。
療の様子、どうだった、と。
「様子? 何がだ? 特に何も変わったところはねぇよ。すぐ寝ちまったからな、療」
「そう……なんだ」
余程疲れていたのかと、香彩は思った。何故なら香彩には確信があったからだ。
療が起きていたなら、竜紅人は必ず話を聞くだろうと。
覚醒した自分を見上げる療の、躊躇いの表情と瞳の意味を、竜紅人が放っておくわけがないのだと。
(……何だろう)
この胸の内に感じる違和感は、果たして気の所為なのだろうか。