第26話 竜紅人 其の一
すでに夜も明けたというのに、湯殿から離れへの帰り道は、来た時と同じような暗がりが広がっていた。
小道を覆う様にして半円形を描く木々の隙間から、僅かだが日の光が差し込んでいる。だが道の奥の方は、ぽっかりと暗闇が口を開けているかのようだ。
行きは初めての場所にひとりで来たということもあり、自身の感情に納得がいった。
だが、今は。
すでに一度、通った道だ。
しかも帰りは咲蘭と一緒だ。
(……なのに、どうして)
どうして、あの半円の木々が作り出す晦冥さが、恐いと思うのか。
あの闇から擦り抜けてやってくる何かが、恐いと思うのか。
それとも今から歩く方向が恐いと思うのか。
説明の出来ない感情に、香彩足が止まる。
「……どうかしましたか?」
咲蘭の声掛けに、香彩は無言で首を横に振って答えた。
「少し顔色が良くないですね。もしかして湯にあたりましたか? 辛いようでしたら一度戻りましょうか?」
咲蘭が屈んで香彩の顔を覗き込み、額にそっと触れた。
「熱はないようですね」
「うん……大丈夫」
「今日は安静に、床から出ない方が良さそうですね」
「それ紫雨にも同じこと言われた」
「今のあなたを見ていると、みんな同じことを言うと思いますよ」
思えばつい先程まで自分は、酷い熱と頭痛と気分の悪さで寝込んでいたのだ。
(……まだ本調子じゃないから)
普段なら何も思わない闇も、恐ろしいと思ったのかもしれないと、香彩は自分を納得させる。
離れに戻ったら温かい香茶を飲んで、ゆっくり眠ろうと香彩が思った、その時だった。
「何だ、お前らも湯殿だったのか」
まるで風景に溶け込んだ闇溜まりから、ゆらりと:出でるかの様にして、現れたのは竜紅人だった。
伸びをしながら香彩と咲蘭に向かって歩みを進める。
土を、地に落ちた葉を、枝を踏み締める音が、やけに大きく聞こえたのは、気のせいか否か。
「……竜紅人はこれから?」
「ああ。色々あったし、さすがにちょっと、じっくりゆっくり浸かりたいよな」
肩を回してそう言う竜紅人に、くすりと咲蘭が笑う。
「成体になったばかりですのに」
「竜紅人、爺くさい」




