第22話 人と竜と鬼の連鎖 其の三
背中から手が離れると、紫雨が立ち上がる。
何をするのかと療が様子を見ていると、紫雨は卓子に置いてあった香茶を持って戻ってきた。
眠る前に竜紅人に淹れて貰ったものだ。渡された湯呑の冷たさが、妙に心地良い。
次に渡されたのが紅の色をした、薄い懐紙を広げたものだった。それは手の平程の大きさで、乳白色をした粉末状のものが少量包まれていた。
きょとんとした顔で療が紫雨を見ていると、その表情が可笑しかったのか、紫雨が軽く笑む。
「麒澄に作らせておいた鬼族用の薬だ」
「麒澄……の……?」
「ああ。内に入り込んだ神気を中和するものらしい。状態が悪い場合は気休めにしかならんそうだが、何もしないよりはいいだろう」
麒澄は魔妖や鬼族、竜といった人以外の種族を専門に診る医生であり、彼らに合う薬を調合する薬師だ。変わり者だが、麒澄の薬は良く効くと有名だった。
神気に冒される苦しさを経験した今では、少しでもいいから楽になりたいと思うのが本音だ。
香茶を少し口に含んで、薬の粉末を口腔へと入れる。独特の苦味と、何とも言えない臭いが鼻腔へと抜ける様だった。
療は、ごくりとそれを飲み込むと、立て続けに湯呑の中の香茶を一気に飲み干した。
「……不味っ……!」
「美味しい薬などあるものか」
くつくつと紫雨が笑う。
薬を身体に取り込んだ瞬間から、徐々に身体が温かくなった。
少し呼吸がしやすくなり、療は安心したように大きな息を付いた。
「……ありがとう、紫雨」
療がそう言うや否や、頭の上にそっと置かれるのは、紫雨の大きな手だ。
「香彩と竜紅人がお前をとても気にかけていた。事情を聞きたいが、まずはゆっくり休め」
紫雨の言葉に療は無言で頷く。
「そういえば……あのふたりは?」
寝台に入りながら療はふと紫雨に聞く。
香彩が竜紅人を呼びに来てから、どれくらいの:刻が経ったのか分からなかったが、竜紅人がまだこの部屋に戻っていないことが、何故か気になった。
「香彩と竜紅人なら、湯殿だ。咲蘭が湯を使っていると俺が言ってしまってな」
僕も入りたいと言った香彩に対して、何だかんだと言いながらも竜紅人も付いていくことになったのだろう。
なんとなく想像が出来てしまって、療はくすりと笑う。
「お前も……少し休んだら行ってくるといい」
「うん……そうす……──!」
その瞬間に感じた違和感を、どう説明すればいいのだろう。
まるでこの『場所』を何か大きなもので、くにゃりと曲げられた様な異様さを、療が感じ取った、まさに刹那。
『力』を発動させる気配に、療は思わず寝台から立ち上がった。
初めに感じたのは、滅多に発動させることのない咲蘭の『力』の波動だった。
次に感じられたのは、香彩の術力だ。
だがそれが急速に衰えていく。
療と紫雨は互いに頷くと、飛び出す様に部屋を出ていく。
後に療は、悔やみ切れない思いをすることになる。
巧みに掛けられた術の全て。
感じられる気配が自身を含めて、八つに増えたことに、何故気付かなかったのか。
結界が崩れ落ちて割れていく、あの時と同じ音を聞いたのは、療だけだ……。




