第19話 偽りの夢 其の五
感情を乗せない、叶の言葉から語られた真実に過去を思い出して、紫雨は身体の深い所でその言の葉の意味を受け止め、心に刻み込む様な、重い応えを返す。
「その様子ですと、気付いて?」
「……あいつの、俺を見る目が少し気になってな」
まさに一瞬の、表情の変化だった。
多分香彩は隠したつもりなのだろうが、長年香彩を育てて見てきた者にとって、その微妙な変わり様は違和感でしかなく、また分かりやすいものだった。
猜疑心に満ちた、だがどこかでそうではないのだと、違うのだと縋り付く視線と表情は、紫雨の腑甲斐無く苛む心を、深く抉る。
『兆し』が出ているのだ。
その全てを『視る』前に、話をしなければならない。
香彩は特にその分野に関しては長けている。対象者の手を握って気脈を探りながら、瞳を通じて背後に眠るものを『視る』術と、人の見た夢の記憶を『視て』探る術だ。
香彩はいま、無意識に自分が見ている夢を『視て』探っている状態なのだろう。
こういった『視る』ことに関しては、香彩は紫雨の上を行く。
時が来れば。
余すことなく、彼は見るだろう。
自分の身に何が起きたのか。
誰が何と言っていたのか。
そして全てが終わった後に行われた、叶とのやり取りさえも。
──この子は、きっと覚えているよ。
幼い鬼子の声が脳裏を掠める。
そう、全てが終わった慟哭の後、紫雨は目の前に座っている叶に救われたのだ。
「あいつが、湯殿から戻り次第、話をする」
「──分かりました。では咲蘭には、私が呼んでいたとお伝え下さい」
話は終わったとばかりに、叶が音も立てずに立ち上がり、障子戸の方へと歩いて行く。
その後ろ姿に紫雨が、叶と呼び掛けた。
叶は肩越しに振り返る。
「──何故、『今』なんだ? 叶」
それは大局を見越していると踏んだ上での疑問だった。
叶は正面へ向き直り、障子戸を開ける。
(やはり、応えはない、か……)
紫雨が大きくため息をついた時だった。
「……封じたものに『兆し』が生じ、あなたの作った城の護守を越えて、私が今『ここ』にいるその意味を、あなたが一番理解している筈ですよ、紫雨」
ぱたりと、障子戸の閉まる音が、やけに大きく大広間に響く。
茫然と叶が去った場所を見ていた紫雨だったが、まさに『事情聴取』の答えを聞かされたのだと気付いて、右手で額を掴むようにして天を仰ぐ。
そして再び大きくため息をついて、卓子の上で手を組み、何かを探る様に目を閉じた。
一番に強く感じられるのは、竜紅人の気配と、彼の『力』を誓願して作られた、離れを覆う結界だ。この結界がある限り、悪しき者はここに入ることは出来ないだろう。だが、香彩と咲蘭の体調を考慮しつつも、出来るだけ早く帰城しなくてはならない。
妙な気配がないことを確認して、紫雨は目の前にあった冷めきった香茶を、一気に飲み干した。




