第16話 偽りの夢 其のニ
「咲蘭様は、もう大丈夫なの?」
「ああ。熱は高かったが、お前ほどではなかったのでな。妖気抜きをしてひと眠りしたら、元気そうにしていた」
そう、良かったと香彩は言う。
妖気は一度身体の中に取り込んでしまうと、決して自然に治癒することはない。譬え微量であっても、少しずつ身体を冒していく。
治療方法はただひとつ。
『術力』を用いて妖気払いをすることだ。
紫雨が得意としている術で、彼の手にかかれば体内に燻り、冒し続ける妖気はたちまち一掃される。
同様の術を香彩も扱うことが出来たが、精度と経験いう面ではやはり紫雨に劣るのだ。
紫雨は一晩という短い間に二度、術力を行使したことになる。その後も熱を出す香彩と咲蘭を看ていたのだろう。
香彩は様子を伺う様に、改めて紫雨をじっと凝視する。
「そんなに見つめても何も出来んぞ」
意味を図りかねて、一瞬思考が止まった香彩は、暫くしていつもの『言葉のお遊び』だと気付いて盛大にため息をついた。
「──ああ、はいはい。紫雨寝てないんじゃないかって思って、心配した僕が馬鹿でした」
再び紫雨がくつくつと笑い出す。
「そうか、心配をしてくれるか」
その刹那に見せた紫雨の笑みに、何故か心が竦み上がる気がして、香彩は自身の感情の変化を、紫雨に悟られない様に耐える。
紫雨自身が無意識に出た笑みの中にある思いなのだろう。
まるで、赦しを請う様な……。
「仮眠は取った。大丈夫だ」
「そう……あまり無理しないでね」
「早々倒れる様な柔な鍛え方はしてない。だからそんな不安そうな顔をするな」
紫雨の言葉に、香彩は無言でこくりと頷く。
「咲蘭が昨日の内に、奥の湯殿をすぐに使えるよう、宿に頼んでいたらしい。あいつが先に行ってるだろうから、洗って貰え」
「……自分で出来るよ、それくらい」
「さあ? どうだかな」
香彩が再びむっとするところを、今度はからからと紫雨が笑い、香彩の頭をぽんとひと撫でして、手を離す。
「湯を使ったら、もうひと眠りだ。元気になっても今日は安静にしておけ。竜紅人と療の所へは行くなよ、分かったな」




