第14話 幕間 ―幻姿態―
頽れる竜紅人の襟首を掴み、そっと外廊下の床に下ろしたのは、金の髪をした男だった。
姿を変えているとはいえ、目の前であの男が動いていると思うだけで、はらわたが煮え繰り返りそうだと、香彩の姿を借りた青年は思った。
そう全ては。
あの男が起こした愚かな行為が原因だった。
それでも、どんなに憎く思っていても、静観を決め込むつもりでいたのだ。
(……あんな目に遇った彼女が、それでもなお想い人と子供の幸せを思い、願い続けていても)
自分達には何の影響がないと思っていた。
だが実際はどうだ。
こんなにも巻き込まれ、その思いに突き動かされた。
彼女がどこまで読んでいたのか分からない。
だが純粋にふたりを思う気持ちは、彼女の持つ強大だった『力』と相俟って、様々な人の持つ運命と因縁を、巻き込み始めている。
天に棲まうものすら巻き込んで。
「……すまんな。お前のその姿に思わず殺気立った」
青年の言葉に、金の髪の男は小さく息を付く。
「憎きあの姿では致し方ありますまい。私も貴方のその姿に思わず息を呑みました……風丸様」
男の言葉に風丸と呼ばれた青年は、くつくつと嗤った。
まさに生き写しだった。
意志の強そうな森色の瞳も。
春の宵闇に咲く、藤瑠璃色の春花の様な髪も。
秘められた強大な『術力』も。
初めてそれを目にした時、まさに彼女だと風丸は思ったのだ。
風丸は懐から、綺麗に編み込まれた紅の綾紐を取り出すと、竜紅人の手足を縛り上げた。
先程まで溢れんばかりの神気に覆われていた竜紅人の気配が、急速に衰える。綾紐には穢れや『力』を一時的に抑え込む術式が編み込まれていると言っていたのは、彼女だったか。
気配に過敏な者達が、いつ気付くか分からない。風丸は竜紅人から髪を一本拝借し、術の印を組む。
香彩の姿をしていたそれは、刹那の間に竜紅人へと、その姿を変えたのだ。
この術もまた彼女から流れている知識から得たものだ。
『竜紅人』の気配が元に(・)戻る(・)。
気配を探らすが、誰かがこちらに気付いた様子はなさそうだった。
それもそうだろう。
短期間で術力を酷使した者がいた。
神気や妖気に身体を冒された者がいた。
一番厄介だった真竜は急激に膨れ上がった神気の調整の為に、重なった気配に気付くことなく既に落ち。
神は知らぬ振りを続けている。
たとえ全く同じ重なった気配があったとしても、気配を読む者の精度が落ちればそれは、同じひとりの者だという認識がされる。
微かな気配の波動の違いがあるはずだというのに、気付くことすら出来ないのだ。
まさに、好都合。
風丸は再び嗤うと、金の髪の男に行けと命じる。
この大舞台の一番の観客を、引き摺り出す為に。