第13話 香彩 其の二
離れの入口に近い、竜紅人達の部屋から大広間までは、建物の両端にあたるためか、それなりに歩かなければならなかった。
大きい平屋造りのこの離れは、二棟に建てられていて、横に長い凹の字をふたつ並べたような造りをしている。
目的の大広間は今いる棟を越えた、もうひとつの棟の一番端だった。
これだけ離されたのも、竜紅人と療の持つ『力』と気配が、あの時の香彩と咲蘭にとって身体に良くないものだからだ。
「本当にもう、身体は大丈夫なのか?」
竜紅人の前を歩く香彩の足取りは、軽やかそうに見える。
紫雨の判断は正しかったのだろうと理解はしているのだが、もう少し言い方を考えてほしいものだと、竜紅人は思った。
淡く温かみのある紅麗灯の明かりが、外廊下に落ちていた。もう少し先に行けばこの外廊下は右へと折れる。
その角を曲がろうとした時だった。
唐突に香彩の身体が崩れ落ちるところを、竜紅人が背後から片腕で抱き留める。
そしてもう片方の腕で咄嗟に、障子戸の格子を掴んだ。
「……やっぱりな。そう簡単に治るわけねぇよな、香彩」
「ごめん……療が気になって、紫雨に無理を言ったんだ」
香彩が荒く息をつく。
身体を支えた腕から、その体温の熱さが伝わってくるようだった。
体調の悪さを隠して、心配していた療を一目見て部屋に戻るだけ。
何気ないその行動の、何とも言えない違和感を、療は気付いてしまっただろうか。
「──その割にはあっさり終わらせたな、香彩」
「……」
「俺を呼び出す口実に、おっさんを使えば療は疑わないもんなぁ、考えたもんだ」
竜紅人の格子を掴んでいた手が、ほのかな白い光に包まれる。
香彩の首筋に突き付けられたのは、神気に覆われた竜紅人の手刀だった。
彼を支えていた手で、香彩の腕を背中へと捻り上げると、香彩は苦悶の声を上げる。
「……りゅこ……と……! なに……を……!」
「あれだけの高熱を出した自分の子供を、高熱の原因の塊だらけの部屋に、使いに出す様なおっさんじゃねぇんでな!」
「……っ!」
「──予定通りこのまま、大広間まで行って貰おうじゃねぇか!」
腕を捻り上げる力を強くすると、香彩の身体からぶわりと、見知った『術力』が溢れ出す。
その中に隠されている、ふたつの『力』を感じ取って、竜紅人は動揺する。
「お前……──っ!!」
その衝撃は、予期せぬ方向から竜紅人を襲った。
竜紅人の背後から後頸部に浴びせられたのは、強烈な手刀。
(……有り得ない)
あの『力』の持ち主は。
──既に、故人のはずだ。
頽れ、朦朧とする意識の中、竜紅人が見たものは。
「姿を、借りるよ。竜紅人」
朱の掛かった翠色の瞳を細め。
壮絶に嗤う、『香彩』の姿だった……。




