第12話 香彩 其の一
障子戸の木枠が、こつこつと音を立てた。
映る影は、長い髪をした小柄な者。
「竜紅人? 療? もう寝ちゃった?」
その声は紛れもなく香彩のものだった。
ふたりは顔を見合わせてから、竜紅人が障子戸を開ける。
普段は結っている髪を下ろし、縛魔服の内に着ている紅の単に袴姿で、香彩は立っていた。
「ごめん。療の様子がね気になってたから、来ちゃった」
「歩いて大丈夫なのか?」
「うん。熱も下がったし、身体も軽くなったよ」
「ここへ来て大丈夫なの? また熱がぶり返したら大変だよ。オイラのことは大丈夫だから。竜ちゃんに話聞いて貰ったし……ゆっくり寝ておいでよ香彩」
いくら熱が下がったとはいえ、この部屋には竜紅人の神気と療の妖気がある。気配に敏感になっている今の香彩にとっては、いつまた熱が出てもおかしくない状態に違いなかった。
香彩は療の顔を見ると、くすりと笑う。
「いつもの療だ。良かった、安心したよ」
「うん、オイラは大丈夫だから。早く戻らないと紫雨に怒られるよ。黙って来たんでしょう?」
療の言葉に香彩は、首を横に振る。
「僕が心配だから療の顔を見たいって言ったら、紫雨が竜紅人に話があるから連れて来いって。というわけで、紫雨が呼んでるから行こう、竜紅人」
「……ったくあのおっさんは。自分で来いっつーの」
腹立だしげに自分の頭を掻きながら、竜紅人が立ち上がる。
「先に寝とけよ、療」
香彩がにっこりと笑って手を療に振る。
竜紅人が部屋を出て、ぱたりと障子戸の閉まる音がした。
何気ない光景だというのに、どこかで療は引っ掛かりを感じていた。
寝台に入り横になってからも、それは取れることはなかった。
(……そういえば竜ちゃん、さっき何を言いかけたんだろう)
竜紅人が戻って来たら真っ先に聞こう。それがもしかしたら自分の中の糸口に繋がるのかもしれない。
そんなことを思いながら、療は神気に晒されていた身体が、ようやく疲れていたことを自覚して、深い眠りについたのだ。