第11話 前触れ 其の三
療は視線を落とすと、自身の手を何気に見つめる。
成体の鬼族に比べると、まだまだ子供の手だが、鋭爪も形良く伸びつつあり、少しずつだが成長しているのだと分かる。
鬼族にとってこの爪は立派な武器だ。妖力が上がれば、自在に操れるようになる。
(オイラは……鬼族だ)
だというのに、この感情は何だというのだろう。
竜紅人が黙り込んでしまった療に対して、同様に沈黙を保つ。
やがて、おずおずといった様子で、療が話始めた。
「……蒼竜を見た時、何故かオイラ、思っちゃったんだ」
虚しいって。
話の内容に、寝そべっていた竜紅人が起き上がり、療を見る。
視線を感じながらも、療は敢えて竜紅人とは目を合わさずにいた。
それは寂寥感に近い感情だった。
寂しくて虚しくて、やりきれない何かが胸を締め付ける様で、いま立っている場所から踏み出せば、足元から崩れ落ちて行きそうな気がして、留まるしかない。助けを求めたくても、分からないのだ。
何から助けて欲しいのか。
息が苦しいと感じるのは、竜紅人から充てられる神気だけではなく、療の心の中に眠る何かが叫んでいるからだ。
満ち足りないのだと。
懐かしいのだ、と。
「今までそんなこと考えたことなかったのに……蒼竜を見てから、駄目なんだ」
部屋に沈黙が降りた。
自分の手をじっと見つめていた療は、黙ってしまった竜紅人が気になり、視線を移す。
竜紅人はある一点を見つめて、意識を思考の海に沈めているようだった。
少し聞いていいかと切り出したのは、竜紅人だ。
「お前の母親って、鬼族?」
「き、鬼族、だけど……」
何故こんなことを聞かれるのか、困惑しながらも療が答える。
「じゃあ、父親も、鬼族か?」
「……」
療が顔に朱を注いで、口籠もる。
「え」
「……ゆ、ゆきずりだったって……」
療の口から発せられた言葉に、療同様、竜紅人も思わず顔を赤らめた。
「で、でもとても尊い人だったって……」
「と、尊い人かは置いといて、種族は?」
「……」
「混血の可能性もあるわけだな?」
「何のだよ! それにオイラからそんな気配しないだろ?」
竜紅人が、何かを探る様にして、じっと療を見据える。
一体彼には何が見えているのだろう。
お前さあ、と竜紅人が話始めた、その時だった。