第7話 残夢 其の一
ああ、またあの夢だ。
そんなことを思いながら、香彩はゆっくりと重く感じられる目蓋を開けた。
見覚えのない木目の天井があった。視線を動かせば、見事な装飾の施された欄間が目に入る。
大広間だろうか。
確信が欲しくて今度は反対の方向を見ようとした時だ。
瞳と頭につきりとした痛みが走り、香彩は思わず目を瞑る。
目の奥から来る鈍痛を和らげたくて、自身の手を添えようとするも、腕になかなか力が入らない。とても重い物を持っているかのような腕を何とか上げて、香彩は掌で額を目を覆った。
紅麗灯が部屋の四隅に置かれていたが、その温かみのある柔らかな灯りでさえ、今の香彩にとっては苦痛でしかない。
瞳を閉じていても灯りを感じて、眼球や脳にじわりと刺激を与えてくるようで、手で額と目を隠すと、ようやく落ち着いた気分になる。
目蓋の裏には闇が広がっていた。最後に見た欄間の装飾が、ぼぅと浮かび上がり消えて行く。
次に現れたのは、夢で見た部屋のぼんやりとした外観だった。
以前よりも見える様になってきているあの夢は、未だに出てくる人物と内容が漠然としていた。声を聞いた気がしたがどうも子供のようで、あいにく香彩には心当たりがない。
だがどこか息苦しさを感じて、香彩はもう片方の重い腕を上げて、そっと喉に触れる。
それは何と表現すれば良かったのか。
喉が痛い時などに無意識に触れる、首。
いつも通りの何気ない仕草のはずだった
「──……!!」
声にならない声を香彩は上げた。
身体の内側は熱いというのに、全身からぶわりと冷たい汗が流れ出てきて、急速に体温を奪っていく。
喉から自身の手を放したくても、身体全てが硬直して動かない。何かが心の中で瓦解していく恐ろしさに、香彩は誰かに助けを求めようとして、理解した。
すとんと納得できる理由が心に落ちた、というべきだろうか。
助けは来なかった。
助けてくれるはずの人は、助けてくれなかった……。
この深淵の虚無感は、誰のもの……?
「……気が付いたのか、香彩」
不意に声を掛けられて、びくりと身体が揺れるのを香彩は何とか堪える。
気付かれないように、細く細く息をつくと、強張っていた身体が少しずつだが解され、体温が戻ってくるような感覚がした。
「頭が痛いのか……?」
普段あまり聞くことのない優しげな紫雨の声色が、頭の上の方から降ってくる。
耳に心地良い低音の声のはずだった。
とても安心出来る声のはずだった。
それが何故、こんなにも不安に感じるのだろう。
額を覆っていた香彩の掌に割り込むようにして、大きくて骨張った手が、香彩に触れる。
自分を護ってくれる、この温かい手を恐ろしいと思ってしまうことが、どうしても嫌だった。
だが感情とは裏腹に、心の奥の深いところと身体が言うことを聞いてくれない。
「……まだ熱があるな」
そう言いながら、紫雨が小さくため息をつく。
今ならまだ体調の悪い所為に出来る。
悪い夢を見た後だからだと、自身に言い訳が出来る。
触れられた瞬間に、解され始めていた身体が再び強張りを見せたこと。
そして。
(……この体温を恐いと思ってしまったこと)




