第6話 伝わらない想い 其のニ
息を詰めたまま何も話し出す様子のない叶に、小さく息を付くのは咲蘭だった。
自分の思考の海に沈んでいた叶は、彼のため息にふと我に返り、その表情の変化に思わず息を呑む。
宵闇を溶かし込んだ様な形の良い双眸が、優しげに細められ、品の良い口元にはふわりとした微笑が浮かんでいた。
冷たくつれない印象のあるその面様の中に、情に厚く深い華やかさのようなものが彼には存在し、笑むことによってまるで大輪の華が咲いたような、艶やかさと儚さが顕れる。
そんな笑みを浮かべて、どうかお許しを、と咲蘭が言った。
「紫雨や皆の手前、あの様な態度を取りましたが……あなたは常に先を読んでいる。得られる効果を考え、常に『道筋』を作っている。あなたが行う事には、何かしら意味があるのだと思います」
話せない理由があるのでしょう……?
咲蘭の表情と言葉に、心をひんやりと握り締められた気がして、叶は絶句する。
理解とはまた少し違ったものを、もしくは解釈の違いというべきものを、目の前に叩き付けられた様な気がしていた。だがそう見える様に振る舞い続けてきたこともあり、今更どうすることも出来ないのだと、このまま突き進むしかないのだと、思い知らされただけだ。
すまない、と叶は今にも消えていきそうな声でそう呟いた。
叶の声色の変化に、果たして気付いたのか気付かなかったのか、咲蘭が再び小さく息を付く。
「……部屋に戻りましょう、叶。早朝にはここを出立して、帰城致します」
咲蘭が元々いた部屋は叶が破壊した為、別の部屋に移動している。叶はその隣の部屋を用意して貰っていた。
帰城する者は、叶と咲蘭のふたりだ。残りの四人は香彩の回復を待ってからの帰路となる。
だが、叶は知っていた。
気付いていた、と言った方がいいだろうか。
部屋に戻るのは叶ひとりであり。
早朝の出立は不可能であるということに。
「……咲蘭」
音を立てずに、叶は縁側から立ち上がり、咲蘭の側へと歩み寄る。
怪訝そうな咲蘭の表情に、叶はくすりと笑った。
それもそうだろう。
部屋へ戻ろうと言われたというのに、逆の方向へ歩き出したのだから。
おかしく思いながらも、叶は咲蘭の額に触れようとして手を伸ばす。
咄嗟に、といった感じで、咲蘭が驚いて後ろへ半歩下がった。
「……気付いていないと、思っていたか?」
「いつから……分かって……?」
「初めから。妙な咳をしていた」
強すぎる『力』は気管支を、身を灼く毒になる。気配に敏感であるもの、体力の無い者から順番に、じわりじわりと冒され倒れて行く。
それは咲蘭も例外ではなかった。
妖力は多少の耐性はあったのだろう。
(──だが神気は……?)
彼もまた真竜からすれば、補食対象なのだから。
感付かれたことにより張っていた気が緩んだのか、がくりと足の力が抜けるところを、叶は自身の腕で咲蘭の身体を支える。
「……まあ、実のところ紫雨から、咲蘭がそろそろ限界だろうから連れて来いと言われましてねぇ。だから少し我慢して下さいねぇ」
叶はそう言うと、とても軽いものを扱う様にして咲蘭を肩に担ぎ上げた。
何やら歩けるだの下ろせだの、妙な声が聞こえた気がしたが、叶は何も聞かなかったことにして、歩き出す。
(……話せない理由を知った時、お前は一体どうするんでしょうね)
彼が理由を知る機会はもうないのだと分かっていても、本当はひた隠しにしなくてはならない理由なのだと分かっていても、どの様な反応をするのか見てみたいのだと、叶わない夢を見る分には構わないのではないだろうか。
そんなことを思いながら叶は、紫雨の部屋へと向かったのだ。




