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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第ニ幕 海容
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第5話 伝わらない想い 其の一


 

 彼は軽く(しわぶ)くこと以外、一言も話すことをせず、壊された物の痕跡を辿る様にして歩いていた。

 ゆっくりと何かを噛み締める様にして、一歩、また一歩と進む姿に、どこか圧力を感じてしまうのは、自分自身の中にある罪悪感のせいだと、(かのと)は自覚していた。

 何故か、いたずらが見つかって、これから怒られる予定である子供の様な気持ちにも似ていて、思わず出そうになった苦笑いを懸命に(こら)える。

 どんな笑いでさえ、今の彼の前に少しでも出してしまえば、機嫌を損ねるのは明白だった。

 流石にこれ以上は避けたい。

 どう扱っていいのか分からないし、どう機嫌を取ればいいのか本当に分からなくなる。

 だったら初めからしなきゃいいだろうがと、同胞の元気な声が今にも聞こえてくるようだ。

 



 碧麗(へきれい)の街を通る街道から少し離れた場所にあるこの宿は、本邸の他に商談や来賓用の離れがある。一層の平屋造りの建物で、部屋数も多く、散策を楽しめる庭が広く整えてあったが、それが今では嵐の後の様な有り様を見せていた。


 薙ぎ倒された庭木や、窪んだ地面。散々となった紅麗灯の和紙、骨組みに使われていた湾曲した竹は、一部分が吹き飛んだのか、見当たらない。

 果てには、離れの部屋に使われていた物だと思われる材木や、見事な装飾の施された欄間の欠片までもが、無惨にも庭に散らばっていた。


 それらを彼は見つめては手に取り、小さく息をつく。

 壊されなかった綺麗な縁側に座り、叶は彼を見ていた。

 追う視線の気配に気付いているだろうというのに、全く見向きもされないことに、叶は複雑な思いを感じていた。

 あきらかに怒っているのだと、雰囲気で分かる程度には付き合いは長い。



 不意に彼が空を見上げる。

 叶もまた同じ様に天を仰げば、深く濃い群青の空があった。

 冴えた月が煌々と天を裂き、澄み切った水の底でさらさらと流れる砂の様な沢山の星たちと、輝きを競い合っている。

 そんな天の原の(もと)、一見すれば冷たい印象を与えてしまう、彼の繊細で巧緻(こうち)(かんばせ)が、穏やかで優しげな微笑みを口元に浮かべて、空を見ていた。



 ただそれだけだというのに。

 咲蘭(さくらん)と。



 まるでそこだけ切り取られた様な、静かで完成された世界の中で佇む彼を、どうしても呼ばずにはいられなかった。

 何故かこのまま、どこかに行ってしまいそうな気がしてならなかったのだ。



「……何です?」



 応えを返した咲蘭の口調は固い。

 それもそうだろうと、叶は思った。

 離れをこんな風にしてしまったのは、他でもない自分自身でありながら、彼に対して何も話していないのだから。



「すみません、咲蘭」

「……謝るくらいなら、色々と事情を説明してほしいものですが……」

「……」 



 咲蘭の言葉に、叶が息を詰める。

 紫雨(むらさめ)と咲蘭からの『事情聴取』は、香彩(かさい)が高熱を出して意識を失い、現在紫雨が香彩に付きっきりで看病をしているため、有耶無耶に終わっていた。

 だか叶にとっては、そちらの方が都合が良かった。



(……だから、あの時)



 どのような影響をまわりに及ぼすのか、分かっていて。



(出せるだけの『力』を振り撒いた)



 神妖(しんよう)としての『力』を敢えて解放すれば、(おの)ずと真竜は、自分が持てるだけの『力』を持って対抗するしかない。

 真竜に覚醒を促すことが目的だったが、『何故この場所にいることが出来るのか』と一番に思い疑う人の気を反らすには、まさに最良の方法だった。


 妖気と神気という、加減なしに衝突した、ふたつの対なる『力』の奔流は、身を灼き、気管支を灼く毒に成り代わる。

 強すぎる『力』は人の身にとって全て毒でしかないのだ。

 どんなに自身の身を護っていても、過ぎた『力』をその身に浴びれば、感覚の鋭い者、体力のない者から倒れていく。



(……そう、疑問に思う者達の弱点を、まずは突けばいい)



 それがたとえ一時(いっとき)の欺瞞であったとしても。

 

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