第4話 麗城にて 其の三
「ですが、どうしました? 先程もおかしいと言ってましたね」
寧の言葉に玉三郎は無言で頷く。
「叶様からはあまり言わない様にって言われてたんだけど、実はねぼく、何度か影武者したことがあって」
何やら爆弾発言を聞いたような気がしたが、玉三郎の真剣に話す様子に、寧はさらりと流す。
「今まであんまり見破られたこと、なかったんだけど、さっきの寧の言葉を聞いて、やっぱりって思っちゃって」
先程の言葉と聞いて、寧は思い返す。
それは。
完全に一致していたものが少しずつ揺らいで、擦れていく……。
戸惑いの表情を見せて寧は、玉三郎を見た。
「まさか」
「──妖力がね、安定しないんだ」
玉三郎は叶の猫だ。
比喩でも何でもなく、玉三郎はその昔、叶に膝を折り従属の契約を結び、所有物となった。
慈悲深い魔妖の王は、玉三郎を決して『力』で縛ることはなかったが、玉三郎は『力』の影響を受けやすくなった。
(……玉三郎の妖力が安定しないということは)
魔妖の王、叶の『力』が揺らいでいることと同意だ。
「玉三郎? 叶様は今どこに?」
首を横に振る玉三郎に、寧は思わず息を詰めた。
叶が不在なことと、大宰から連絡がないことは無関係ではないのではないか。
それは特に根拠のない直感に近かったが、寧も縛魔師だ。
当たってほしくはない直感だが、一度感じ取ってしまえば、そうなのだと断言出来ていてしまえるくらい、縛魔師の直感は真実に近いところで閃くことが多い。
狙い澄ましたかの様に。
鋭い鳥の鳴き声に、考えることを中断させられる。
主君館の開かれている、楼台の飾窓から翼音を立てて入ってきたのは、一羽の小さな鳥だった。
鮮やかな色彩をしたその鳥は、真っ赤に色付けされた長くて綺麗な尾羽を持っていて、部屋の中を旋回する。
寧が右手を差し出すと、鳥は器用に止まり、その形状を平たく、大きな紙のようなものへと変化させた。
式だ。
縛魔師が札に術力を込め、意図に適った能力を具える鳥獣へと変え、使役する時に使うものだ。
連絡用には、長い距離を速く飛ばせる鳥を使うことが多い。
「紫雨様から?」
「……ええ」
玉三郎の問いかけに寧は、紙の上に書かれた文字を追いながら答える。
寧にとって待っていた上司からの連絡だった。
だが一行ごとに読み進めて行く度に、寧の手に力が入る。持っている紙が、くしゃりと皺が寄る程に。
「……寧? どうしたの?」
玉三郎に答えることなく、寧はひたすら文字を読み返す。
何度やっても同じだ。
内容が変わるわけじゃない。
そう思っていても、何かの間違いではないのかと思い、読み返してしまう。
「寧!」
玉三郎の鋭い声に、寧はようやく我に返ったが、それでも心の中の動揺は隠せずにいた。
──本来ならば心配をかけるだけの連絡など、しない方がいいと分かっているのだが……。
──長期の不在になる。何とか持たせてほしい。
──決して動くな。
──生命に関わ……。
──香彩と咲蘭が……に、連れ去られた。
 




