第3話 麗城にて 其のニ
「……ごめんね、寧」
「いえ。あなたが叶様に勅命を受ければ、逆らえなくなるのは、知っていますから」
寧と呼ばれた青年は、寝かせ耳になっている少年の頭をそっと撫でる。
「それにね、少しおかしいんだ」
「……おかしい、とは?」
「ねえ? 寧は何でぼくだって分かったの?」
気配ですかね、と寧が即答する。
「叶様の気配の中に、あなたが見えました」
薄い布を纏う様にして、存在していた玉三郎の気配。
それは完全に一致していたものが、少しずつ揺らいで擦れが生じたようにも見えたのだと、寧は語った。
「そこまで気配が読めるってすごいな。縛魔師ってみんなそうなの?」
「私の認める縛魔師は皆、もっと早い段階で気付いていたかもしれませんね。『読む』のは苦手なんですよ、私は」
縛魔師とは国の安定と安寧を願い、祈祷や占術、そして季節ごとの祀りの行使を仕事としている者達の総称だ。
国での役職名を大司徒、司徒という。
寧は『大司徒』の副官という立場にいるが、実際のところは六つある国の機関、六司の統括である、『大宰』の副官だった。
司徒である者がまだ未成年で、大司徒になることが出来ず、大司徒から大宰に昇格した官が、司徒が成人するまでのあと数年、両方を兼任する形を取った。
本来ならば大宰に新たな副官が就く予定だったのだが、言葉遊びが好きな大宰が悉く副官を退職へと追いやってしまった挙げ句に、寧が良いと駄々をこねた為、寧は大宰と大司徒の副官を兼任する羽目になったのだ。
司徒曰く、大宰の言葉遊びに付き合いつつ、さらりと流すことが出来る人物のひとりらしいが、寧にはその自覚はない。
(……今頃、どうしているんでしょうね)
その司徒は先日、叶からの勅命を受けて出掛け、その後の連絡はない。
大宰もまた視察の為に数日前から城を開けている。
一日に数度、連絡と報告の為の式を飛ばし合うのだが、それが昨日からぱったりと途絶えていた。
(何も……なければいいのですが)
連絡を怠る人物ではないので、何かあったのではと考えてしまう。
「じゃあさ、寧。香彩ならすぐに分かったのかな」
「……あの方は気配を読み解くことを得意とされてますから、もしかしたら直ぐに違和感を感じられても、おかしくないでしょうね」
香彩とは、司徒の役職を任されている少年だ。寧にとっては上司の子供であり、時期上司だ。
そして玉三郎にとっては麗城にいて、初めて出来た友達でもあった。