第2話 麗城にて 其の一
「……一体何をしているんですか?」
麗城中枢楼閣。
凹の形によく似たこの楼閣は、全六層から成る、国の主要機関の集まる場所だ。
その最上階、主君館と呼ばれている城主の政務室に、青年のよく通る低めの声が響き渡った。
その口調は冷たく、あきらかに呆れている。
視線が痛い。
ため息を付かれて、自分を見下ろす視線が、あまりにも痛い。
思わず背筋を正し、正座をしていたが、眼光の鋭さに思わず下を向いてしまう。
時々ちらりと上目遣いに様子を伺えば、悠然とした態度で腕を組み、鋭い視線でこちらを見ている姿に、慌ててもう一度下を向く。
再び大きなため息が、上から降ってきた。
「正直に申しますと……叶様の姿で、こんなことをされると不気味で仕方ない。もう分かっているんですから、変化を解いて頂きたいですねぇ、玉三郎」
きょとんとして再び見上げると、何とも言えない表情でこちらを見ている彼に、ようやく納得がいく。
確かに不気味だろう。
普段から何を考えているのか分からない主君が、正座をしたり、しゅんと落ち込んでいたり、上目遣いで見つめてきたりしたら。
(……何か嫌だ)
主君の参謀官あたりならば、平気で蹴り倒してくれるだろうと想像が出来るくらいに。
玉三郎と呼ばれた者は、瞬きひとつでその姿を変化させた。
主君の足元まで届いていた銀糸の髪は、腰の辺りで切り揃えられた白い髪に。
紫水晶の様な瞳は、紅玉に。
特徴的な尖った耳は、白くてふわふわとした体毛に覆われた獣の耳に。
青年だったその姿が、とても愛らしい少年の姿へと変わる。
玉三郎はこの麗国麗城の主君、叶の猫であり、仙猫だ。
その昔、百年を生きて神格化した山猫がいた。
ほのかに淡い光を放つそれを、人々は魔妖の類いだと思い狩りが行われたが、それを哀れに思った魔妖の王が、自分の元へと召し抱えたことにより、山猫は仙猫と呼ばれるようになったのだという。
以来、玉三郎は魔妖の王の治める麗国で、叶と共に在る。
玉三郎の主であり、国主でもある叶は、かつては天に住まう魔妖の神であったのだという。
その昔、この『麗』という地は妖、魔妖の跋扈する荒れた土地だった。人々はひっそりと隠れ住み、魔妖にいつ喰われるかと怯え、暮らしていた。
それを哀れに思い、人のために堕天した慈悲深き神が、この地に降りると、魔妖は静かに身を潜めのだ。
何故なら彼は天にいる時から魔妖の神であり、人を魔妖から救う神でもあった。彼は人を守るためにこの地に居着いたが、人は彼を国の主に祀り上げた。
だが、神とて妖。
麗国は妖を王にすることで、妖から身を守っている国なのだ。
長いしっぽをゆらりと揺らして、玉三郎は何かをごまかす様に、軽く笑って見せた。
「だって叶様がすぐに戻るって言うから、ぼく、影武者引き受けたんだよ?」
それがまさか半日以上戻らないなんて、思いも寄らなかったのだ。
もう幾度目になるのか分からない、深いため息が上から降ってくる。
眉間に手を当てて首を横に振る動作に合わせて、青年のゆったりと結ばれた紅髪が、さらりと揺れる。
事情を知っている者から見れば、同情の涙のひとつも誘えそうなくらいの、状況の不憫さだった。