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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第一幕 天昇
68/110

第67話 覚醒 其のニ




「いやはや、いやはや、無事覚醒しましたねぇ。おめでとうございます」



 にぱっとした笑顔で、拍手をしながら蒼竜に向かってそう言ったのは、既に天災にも似た妖力を内に収めた(かのと)だった。

 叶の少し背後では、盛大なため息をつく者と、眉間を押さえる者がいたが、どうやら叶の口を塞ぐ気はないらしい。

 ぶわりと神気の昂る気配がして、香彩(かさい)は蒼竜から離れる。

 地を這い、大気を震わせる様な低いその唸り声は、明らかに怒気を孕んでいる。

 少しずつ、蒼竜の腹部が膨らんで行くのを見て、近隣の本宿の迷惑になりかねないと判断した香彩は、息ひとつ吐いて胸元から一枚の札を取り出した。

 紅の筆字に不思議な紋様の描かれたそれは、香彩の手の上で宙に浮く。

 打つのは柏手(かしわで)だった。

 まるで水面に落ちる水滴が起こす波紋のように、柏手の波動が空間に広がる。


 もう一度、柏手を打つ。

 柏手は力を借りる者への挨拶だ。

 一度は地に住まう地霊や精霊。

 そして二度は『謳われるもの』……真竜の加護を願う時のもの。



「伏して願い(たてまつ)る。真竜御名(しんりゅうごめい)、蒼竜、その御名(みな)において、我の呼応に力を貸したまえ」



 香彩の声に反応して、札が光を集めるかのように皓々と輝き出した。

 札を高く頭上へと放り投げるような動作をして、香彩はその言葉に『力』を込める。



「──陣!」



 札を中心に半円を描いた結界が、この離れの宿を含む広い範囲で展開する。

 と同時だった。

 結界が形成されるのを待っていたかのように、地に響くような低い唸り声を出していた蒼竜が、叶に向かって凄まじい真竜の咆哮を見せたのだ。

 その驚異的ともいえる音量に、その場にいた者が、咄嗟に耳を塞いだ。

 ただひとりを除いて。



「あなたを利用したことは謝ります。ですからそんなに、怒らないで頂けると有難いのですが」



 (たけ)り声を聞いても顔色ひとつ変えずに、特徴的な抑揚のない口調で、そう言ってのけた叶に対して、蒼竜は大きく威嚇の声を上げる。

 確かに竜の声色だというのに、それのどこに謝意があるんだと言わんばかりの、竜紅人(りゅこうと)の声が聞こえてくる様で、香彩はようやくこの蒼竜が『竜紅人』なのだということに、納得がいったのだ。



「その件も含めてだが……お前には、聞かなければならない案件が多いな、叶」



 逃がさないように叶の肩を掴み、とても低い声で言うのは紫雨(むらさめ)だ。

 それに対して叶は、



「さぁ? なんでしょう?」



 と、にっこりと、笑ってみせる。

 はぐらかすつもりなのだと、この場にいた誰もがそう思ったが、ここで誰かがわざとらしく、大きなため息をついた。

 何も感じていないように見せていた叶の肩が、ぴくりと動いたのを、紫雨は見逃さない。



「──で?」



 ため息をついた者が放つ、たった一言に。



「……あ、後で答えます。ですから機嫌を……ですね? 咲蘭(さくらん)?」



 見事に翻弄されている叶を、紫雨が楽しそうに笑う。

 三人のそんな様子を、香彩はどこか遠い所から眺めている気分だった。

 すぐ近くで話しているはずなのに、どうしてそんなことを思ってしまうのか、分からない。

 側にいる蒼竜が、呆れたように喉を鳴らしているのが聞こえた。

 それすらも遠くて。



(……そういえば、(りょう)……) 



 香彩は療の方へと、視線を移す。

 療はやはり無言のまま、迷い子のような顔をして、蒼竜を見上げている。

 一体どうしたのか。

 彼の側に行って肩を叩いて聞いてみようと、香彩が一歩踏み出す。


 それは突然にやってきた。


 地に着いた足に全く力が入らないと、自覚した時には既に遅かったのか、先程まではっきりと見えていた視界が歪んでぼやけて回り出す。


 倒れ込む香彩をかろうじて受け止めたのは、まばたきひとつで、人形(ひとがた)へと戻った竜紅人だった。

 香彩の額に触れて息を呑む。



「──おっさん! すごい熱だ!」



 竜紅人の声に、駆け寄って来る足音を遠くに聞きながら、香彩はその意識を手放したのだ。


 

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