第66話 覚醒 其の一
蝙蝠羽の生えた石竜子に似たその尊身は、とても大きな体躯をしていた。
広げていた竜翼を綺麗に折り畳み、地に身を預けるその姿は、とても優美でしなやかさがある。
彼が動く度に、透明感のある鉱石のような蒼色の鱗が、不思議な光沢を放っていた。動作によって滄溟の様な青さがあるかと思えば、高貴な葵色へと変化し、生い茂る草の様な蒼色へとその色を変える。
真竜の中でも、蒼竜と呼ばれる、謳われるもの。
その艶やかな鱗の美しさに、香彩は視線を外せずにいた。
彼の大きな眼が、香彩を見ている。
伽羅色だった瞳は、清澄な翠色へと変わっていて、果たして幼体だった時もこの色だったのか、香彩は思い出すことが出来ないでいた。
「……りゅ、こう……と?」
ある程度の距離を保ったまま、戸惑い気味に香彩が呼び掛ける。
蒼竜は少し眼を細めると、返事をするように、軽く唸った。
それが酷く寂しげな感じがしたのだが、香彩の中では、どうしても普段の竜紅人と、目の前にいる蒼竜を結び付けることが出来なくて、二の足を踏む。
そんな香彩の両肩を、背後から勇気付けるように力強く叩く者がいた。
「……姿は変わっても、あれは竜紅人だと、お前なら分かるだろう?」
「身体の大きさと強くなった気配に、戸惑うのは当然でしょう、紫雨。ですが、そろそろ行ってあげないと、後で拗ねられたら面倒ですからね、香彩」
拗ねるというか、機嫌が悪かったらとことんしゃべらなくなるのだ、彼は。
香彩は思わず心内でそう思った。
紫雨と咲蘭に短く返事をすると、香彩は二人に振り返ることなく、蒼竜に向かって歩き出した。
自分らしくないのだと、気付かれただろうか。普段であれば、しっかりと人の顔を見て、視線を合わせる自分が、返事だけで済ませたことに。
人の感情は身体のどこかに必ず顕れる。
特に雄弁なのは視線だ。
それこそ視線から瞳の奥へと入り、その人の心の取っ掛かりを見つける術があるくらいに。
(……出来たら、今は、見たくない)
紫雨の表情を。
自分に取り繕う仮面があることを、気付きたくないのに、顔を見てしまったら分かってしまう。
時期が来れば落ちることが分かっている深くて昏い穴の、薄い氷で覆われた上に立っているかの様な、何とも言えない気持ちを、香彩は心の奥底へとしまい込む。
そんな香彩を、毅くも優しい神気が、ふわりと包み込んだ。
お見通しだと言わんばかりに、蒼竜が先程の唸り声とは少し違う、細くて高い声を上げる。
香彩と、優しく呼んでいるかのようだった。
蒼竜は口吻部分を、軽く香彩の身体に押し付けて離れる。
「……敵わないなぁ」
香彩がそう呟くと、身体を掩う蒼竜の神気に幼い時を思い出したのか。それとも心の中にあった昏い部分を見透かされて安心したのか。蒼竜の口吻と瞳の間にそっと身を寄せて、軽く抱き締める。
綺麗な鱗の冷たさが、何故かやけに気持ち良い。
ふと蒼竜が何かを呼ぶように、唸る。
香彩が少し気怠げに振り向くと、そこには叶の『力』から解放された療が、蒼竜の側に立っていた。
その表情をどう説明すればよかったのか。
気が付けば置いて行かれたのだと分かった、子供の様な。
道に迷ったのだと分かった直後の子供の様な。
そんな表情を浮かべたまま、茫然と蒼竜を見ている療に、香彩が話かけようとしたその時だった。




