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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第一幕 天昇
67/110

第66話 覚醒 其の一


 

 蝙蝠羽の生えた石竜子(とかげ)に似たその尊身は、とても大きな体躯をしていた。

 広げていた竜翼(りゅうよく)を綺麗に折り畳み、地に身を預けるその姿は、とても優美でしなやかさがある。

 彼が動く度に、透明感のある鉱石のような蒼色の鱗が、不思議な光沢を放っていた。動作によって滄溟(そうめい)の様な青さがあるかと思えば、高貴な葵色へと変化し、生い茂る草の様な蒼色へとその色を変える。

 真竜(しんりゅう)の中でも、蒼竜と呼ばれる、謳われるもの。

 その艶やかな鱗の美しさに、香彩(かさい)は視線を外せずにいた。

 

 彼の大きな眼が、香彩を見ている。

 伽羅色だった瞳は、清澄(せいちょう)な翠色へと変わっていて、果たして幼体だった時もこの色だったのか、香彩は思い出すことが出来ないでいた。



「……りゅ、こう……と?」




 ある程度の距離を保ったまま、戸惑い気味に香彩が呼び掛ける。

 蒼竜は少し眼を細めると、返事をするように、軽く唸った。

 それが酷く寂しげな感じがしたのだが、香彩の中では、どうしても普段の竜紅人と、目の前にいる蒼竜を結び付けることが出来なくて、二の足を踏む。

 そんな香彩の両肩を、背後から勇気付けるように力強く叩く者がいた。



「……姿は変わっても、あれは竜紅人だと、お前なら分かるだろう?」

「身体の大きさと強くなった気配に、戸惑うのは当然でしょう、紫雨(むらさめ)。ですが、そろそろ行ってあげないと、後で拗ねられたら面倒ですからね、香彩」



 拗ねるというか、機嫌が悪かったらとことんしゃべらなくなるのだ、彼は。

 香彩は思わず心内でそう思った。

 紫雨と咲蘭(さくらん)に短く返事をすると、香彩は二人に振り返ることなく、蒼竜に向かって歩き出した。

 自分らしくないのだと、気付かれただろうか。普段であれば、しっかりと人の顔を見て、視線を合わせる自分が、返事だけで済ませたことに。

 人の感情は身体のどこかに必ず顕れる。

 特に雄弁なのは視線だ。

 それこそ視線から瞳の奥へと入り、その人の心の取っ掛かりを見つける術があるくらいに。



(……出来たら、今は、見たくない)



 紫雨の表情を。


 自分に取り繕う仮面があることを、気付きたくないのに、顔を見てしまったら分かってしまう。

 時期が来れば落ちることが分かっている深くて昏い穴の、薄い氷で覆われた上に立っているかの様な、何とも言えない気持ちを、香彩は心の奥底へとしまい込む。


 そんな香彩を、(つよ)くも優しい神気が、ふわりと包み込んだ。

 お見通しだと言わんばかりに、蒼竜が先程の唸り声とは少し違う、細くて高い声を上げる。  

 香彩と、優しく呼んでいるかのようだった。

 蒼竜は口吻(こうふん)部分を、軽く香彩の身体に押し付けて離れる。



「……敵わないなぁ」 



 香彩がそう呟くと、身体を(おお)う蒼竜の神気に幼い時を思い出したのか。それとも心の中にあった昏い部分を見透かされて安心したのか。蒼竜の口吻と瞳の間にそっと身を寄せて、軽く抱き締める。


 綺麗な鱗の冷たさが、何故かやけに気持ち良い。


 ふと蒼竜が何かを呼ぶように、唸る。

 香彩が少し気怠げに振り向くと、そこには叶の『力』から解放された療が、蒼竜の側に立っていた。

 その表情をどう説明すればよかったのか。

 気が付けば置いて行かれたのだと分かった、子供の様な。

 道に迷ったのだと分かった直後の子供の様な。

 そんな表情を浮かべたまま、茫然と蒼竜を見ている療に、香彩が話かけようとしたその時だった。

 

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