第65話 天昇 其の五
身体から立ち昇る光の奔流は、その強さを増し、天へと翔け上がる。やがてそれは雲を突き抜け、真竜や天妖が住まう天上へと届き、竜紅人の覚醒を伝播するだろう。
見上げる空は、夜も更けているというのに、自身が放つ光でとても明るく感じた。
赫灼たる明光に目をやられたのだろうか。
頬を伝う熱いものが、どうにも慣れない。
めぇ、と鵺の子供の鳴き声が聞こえて、竜紅人は乱暴にそれを拭った。
器用に光柱のようになった奔流に爪を引っ掻けて、鵺の子供は気遣うような鳴き声を出して、竜紅人を見つめている。
その様子を見て竜紅人の心の中で、何かがすとんと落ちた気がした。
何故気付かなかったのだろう。
それ程までに、神妖の持つ天災の様な妖気に翻弄されていたのだろうか。
(……覚醒を焚き付けられた理由は、これか)
しかも時期すら統べられて。
沸いた感情は怒りだっただろうか。それとも悲しみだったのだろうか。複雑な思いが占める。
ようやく鵺と三匹の子供達が、覚醒の奔流に鋭爪を掻き、竜紅人を見下ろしていた。
生まれた感情を一度心内に収めて、竜紅人は子供達に向かって、にっと笑いかける。
「もう、落ちんじゃないぞ。お前ら」
三匹が声を揃えて、めぇ、と鳴くのを聞いて、竜紅人は満足そうに笑った。
「──真竜の子よ」
鵺の直向きな紫闇の瞳が、竜紅人に向けられる。
「我が同胞よ。其方は気付いていよう。内なる陰の気の持ち主の業を」
「……ああ、知ってる」
竜紅人は心の底にある痛いものを思い浮かべて、目を閉じた。
いらなかったのだと叫んだ少年の声。
一緒にいたいのだと叫んだ少年の声。
相反する思いと愛憎の怨嗟は、それを生み出した者ですら苦しみ、今でも藻掻いていることを、よく知っているから。
竜紅人は決意したように、ゆっくりとその伽羅色の瞳を開き、鵺を見て淡く笑った。
「──だけどな。仲間、なんだよ。大切な」
「……そうか」
翔け上がる奔流の力が更に勢いを増した。
促される覚醒に、やはり芽生えるのは苛立ちの感情だった。これは後で文句のひとつでも言わないと、どうしても気が済まない。
だが、今は。
「もう、堕ちて来るなよ。同胞」
竜紅人の言葉に、鵺は応えを返すかのように、悲しげで細く、神秘的な声で鳴いたのだ。
身体の全てが変化する。
それを変わると言えばいいのか、在るべき姿に戻ると言えばいいのか。
光にたゆたいながら、竜紅人は再び目を閉じた。
潮騒のような光のざわめきを、その身に感じながら。