第63話 天昇 其の三
「……見よ。覚醒の奔流だ」
抑揚のない独特な口調で、叶が鵺に向かってそう言った。
威嚇をしていた鵺が、その気配を少し緩めたのが分かった。
何故なら天へと真っ直ぐに伸びる一筋の光に向かって、鵺の子供の一匹がめぇと鳴き、器用に奔流に爪を引っ掻けて、他の者を待っていたからだ。
子供のもう一匹は、たしたしと駆けて挨拶をするように、香彩の足に摺り寄り、更に駆けて咲蘭の足に摺り寄ってから、初めの一匹目と同じようにして、爪を光に引っ掻ける。
中庭の茂みから、めぇと鳴いてさらにもう一匹が現れた。葵と共にいた三匹目だ。ふるふると身体を振ってから、他の子供達と同じ様にしようとするが、なかなか上手くいかない。
鵺がその子供の前まで行くと、自分の身体へと、子供をよじ登らせる。
「彼君よ……」
「行け」
有無を言わさない叶に鵺は一言、ご自愛をと告げると、ひらりと駆け上がり、子供達と同様に懐かしい光の力に鋭爪を引っ掻ける。
叶の降ろしていた指が、何かを掬い上げるような動作をした。
「……堕ちるな。もう二度と」
光の奔流がとても大きなものとなり、竜紅人を中心に天へ天へと昇って行く。
鵺の寂しげで細く、神秘的な鳴き声が響き渡った、その須臾。
鵺を天へと昇がらせた光が、赫赫と集約し、辺りの宵闇を、神気の色に染め上げたのだ。
その場にいた全員が眩しさのあまり思わず目を閉じた。
まだ目が慣れない中で、香彩が聞いたのは、特徴的な翼音だった。
(……この音)
まさにあの時。
紅麗の夜に竜紅人を『視』た時に感じた、あの竜翼。
あれが羽ばたけば、びょう、びょう、と聞こえるあの翼音になるのだろう。
ようやく目が慣れて香彩が見たものは。
悠然と、空にたゆたうその御身。
くねらせたその巨体は、ほのかに光る蒼い鱗で覆われている。
重さを感じさせず、尖った大きな爪を地に食い込ませて、彼は地面に降り立った。
幼い頃に幼体で幾度も見たことがあったというのに。
その大きさと神気に、香彩が戸惑う。
太古の昔から人を守護する存在であり、人の生活の一部である祀りに大きく関わる存在であると謳われている、天に住まう真竜が目の前に顕現していた。
畏れ敬い、人々は彼らをこう呼ぶのだ。
『謳われるもの』と。