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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第一幕 天昇
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第59話 『葵』という名 其のニ

第61話 『葵』という名 其のニ

 

 春宵には不似合いな、くっきりとした真円の月が、黒檀の櫛で髪を梳いていた。零れ落ちるその光は銀色に煌めいて、その地に潤いを(もたら)す。

 やがて訪れる静寂の時。

 ひどく滄溟(そうめい)に似た蒼々たる宵の空に、冴え冴えとした望月が再び姿を見せると、少年は少し緊張した面持ちで眼下を見ていた。

 そっと。

 足が『天』という地から離れ、ゆっくりと少年は降りていく。

 名前を呼ばなければいけなかった。

 自身の内にある、もうひとりの自分の名前を。

 『呼ぶ』ことで、初めて認められ、分かつことの出来るもの。

 自分のものとは思えない程、内に秘めた毅い力。

 その『光』は威厳に満ち、とても気高いものだ。



「……(あおい)



 少年は、内にある力の気高さがそうさせたのか、またはこの空と宵の空間を染め上げる蒼々たる月の光がそうさせたのか、無意識にそう呼んでいた。

 自身の身体から溢れ出た『光』の力が、やがて人形(ひとがた)を形成していく。

 それは自分ととてもよく似た少年だった。

 少年達はは手を取り合い、降りていく。

 いずれ成長すればその姿になるのだろう、彼らの姿は少しずつ形を変え。

 少年は幼竜に。

 もうひとりの少年は、元の幼い人形へと姿を変える。

 本来ならば、人の形を保ったが少年が、幼竜の面倒を見、いずれ還る日まで、共に在る存在だった。


 真竜は繭を割って竜形で誕生すると、地上の由緒正しき場所に預けられる。少年が預けられた場所は、かつて天にいたとされる麗国を治める魔妖の王の元だ。


 麗城に降り立つその刹那に見たものは、立ち上る月の光によく似た煌々たる術力だった。


 だが。

 真竜の力を借りて行使する、洗練されたはずのその力は。

 あまりにも禍々しいものだった。


 絶望に満ちた深い慟哭と愛憎に溢れた、怨嗟。

 そして激しい後悔の念が混ざり合い、陰の気となって包み込み、堕ちたのは幼竜だった。



 ──要らない! こんなもの要らない……!



 その陰の気の持ち主の、不要だと泣き叫ぶ感情に同調し、深い悲しみと憎しみと愛おしさに、何もかも薙ぎ払いたい気持ちが生まれて、その力を得るために、幼竜は小さかった竜形を大きなものへと変化させた。

 欲望のままに振るう力はあまりにも心地良かった。身体を分けた後の力は本来の力ではなかったが、それでも引き摺られた感情のままに、ありったけの力を何の制約もなく使えることに愉悦を感じていた。

 幼竜は少しずつ自我を失くし、ついには己が何であったのか分からなくなった。

 足元にいる人形の少年が誰なのか。

 衣服が破れ、剥き出しの皮膚の部分からは血が流れていてもなお、必死に幼竜に向かって、抱きすくめようとするかのように、手を伸ばす少年の姿が。

 最後の記憶だ。






 あの後、葵は。



(……ああ、俺が)



 暴走する力をぶつけてしまった。彼がどうなってしまったのか、全く覚えていない。

 本能のままに暴れて、気が付けば幼い頃の叶が、暴走を止めるためにやむを得なく貴方を傷つけましたと、泣きそうな顔をして目の前に立っていた。


 多分その頃から自分は忘れていたのだ。

 葵という存在を。

 その半身を。


 

 

 竜紅人は葵を抱きかかえて立ち上がる。

 そして叶を見てこう言った。


 

「思い出した。叶」

「葵とは……」



 ──俺の『光』の名だ。

  



 

 本来ならば、共に在るべき存在だった。共に在り、共に暮らし、共に思い出を作り。

 いつか還る時がくるその時まで在るべき存在だった。



「葵とは……俺の半身、俺の……」


 光の力の『本質』そのもの。



 葵を抱き締める腕に、力を込めて。



 ──『還って』来い。『葵』という名の『光』よ。






 葵の身体がほのかに光り始め、やがて輝く球体へと変化した。

 光に姿を変えた葵が、彼の胸に納まったその時。

 冬の早朝のような、きんとした空気を持つ力の奔流が、颶風のように竜紅人を中心に巻き起こり。



 高く高く天へと昇ったのだ。


 

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