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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第一幕 天昇
58/110

第57話 無限の回廊 其の五


 

 咲蘭(さくらん)の手が療から離れる。

 いつの間にか香彩(かさい)の腕を掴んでいた紫雨(むらさめ)の手も離されて、香彩はようやく療の側に行くことが出来た。

 顔を上げた療は、泣いてこそいなかったが、その綺麗な紫闇の目は、薄っすらと涙の膜に覆われているように感じる。

 香彩と視線を合わせ、いつも通りにっこりと笑う療に、香彩は何も言えずにいた。

 その心情を察するように、香彩に付いて回り、今では彼の横でお座りをしている二匹の鵺の子供が、少し悲しそうな声で、めぇと鳴いた。




 不自然に。

 鵺の子供たちの動きが止まる。




 まず変化を感じ取ったのは療だった。

 療の様子に香彩が気付き、鵺の子供を見る。



 二匹の鵺の子供たちが、天井に向かって甲高く鳴き出した。

 聲はとても喜びに満ちているかのようだった。

 そして。



 外廊下の床を、たしたしと足音を立てて、鵺の子供は駆け出したのだ。

 無限の回廊へ向かって。




 即座に反応したのは療だった。

 続いて香彩がその後を追いかける。

 香彩を呼ぶ紫雨の声が聞こえたが、香彩は構わず療を、鵺の子供を見失わないように前を向く。

 この先には紫雨と咲蘭がいるはずだった。彼らなら鵺の子供を捕まえてくれるはずだ。



(……今度こそ本当に叱られそうだな)



 結界の先へ行こうとしたわけじゃないから、出来たら許してほしいものだけれども。

 そんな風に考えながら香彩が走っていたその時だった。






 微かに。

 ほんの微かに。

 耳の奥で。

 捉えたその聲。

 物悲しくも神秘的な鳴き声の中に、響く。




 聲。






 ──絶てばいいのだ、と。





 駄目なのだと。

 無理なのだと。

 希望と願いを失って、最後に出した答えがこれであるかのような。

 昏い聲だった。



 その感情を直に触れて受け取ってしまった香彩は、蹲りたくなるのを何とか堪えて療の後を追う。気持ちで痛む胸を押さえながら。

 無限に続くはずの外廊下は、既に無くなっていた。

 何故気付かなかったのだろう。



(……外廊下は、中庭に面していたのに)



 本来ならばどこからでも中庭に行けたはずなのだ。



 砕けた木材と障子の紙が辺りに散らばっていた。

 綺麗に整えられていた庭園は、土や砂利が所々で吹き飛ばされたか無くなり、窪みが出来ている。薙ぎ倒された木も何本かあった。



 そんな中庭の中央で、天を見上げて静止する竜紅人(りゅこうと)の姿を見つけた。

 鵺の子供達はそんな竜紅人の側で、同じように見上げている。

 竜紅人の側には叶が。

 叶のすぐ横には、膝を折り叩頭し、動きを止めた療の姿があった。

 療を見下ろす叶が、何かに気付いたように視線を上げる。

 その先は香彩の背後。



「──全てが終わったら、説教だ。覚悟しておけよ、香彩」

「あれは不可抗力なんじゃないんですか?」

「理由がどうであれ、三度目だからな」



 いつの間にか香彩の後ろにいた、紫雨と咲蘭が再び言い合いを始めている。

 香彩は苦笑しながらも紫雨に応えを返した。




 ここが結界の最終地点なのだと、自身の勘がそう告げていた。

 中庭へと一歩足を踏み出す。





 今まで何も感じなかったことが不思議なくらいの。

 うねりを打つ、とても大きな神気と。

 こちらへと迫る妖気が。



 そこにはあったのだ。

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