第56話 無限の回廊 其の四
「……で? 何か分かりましたか?」
咲蘭の言葉に、療が肩を竦める動作をする。
「何度か通ってみたけど、この空間を包んでる結界の『力』は、やっぱり叶様の妖気みたいだね」
療が興味本位かつ面白そうだからという理由もあるが、それだけでこの無限の回廊を何度も行き来しているわけではないことは、この場にいる全員が分かっていた。
この中で一番身軽で、それなりの場数を踏み、偵察能力に適しているのは彼だ。
想像通りの答えが返ってきて一同の空気が重いものに変わった。
「もう少し探ってみようかと思ったんだけど、オイラだとどうしても、さっきの香彩みたいに、衝動的に行きたくなるから駄目だね」
「どういうことです?」
咲蘭が聞く。
それに同調するように香彩も療に聞いた。
紫雨だけが、何とも言えない険しい表情で療を見ている。
「魔妖や真竜には、自分より『力』の強い者に対する隷属本能があるから。竜ちゃんも叶様に対峙してるってことは、相当な精神力を使ったんじゃないかなぁ。まだ同族じゃないだけ対抗できるのかもしれないけど、オイラは駄目だ。オイラは叶様と同族だから、結界の外側に出ることが出来たらオイラは、本能に負けて叶様の『力』の込められた言葉ひとつで、支配される傀儡になる」
それが普段の叶のものではなく、惜しみなく溢れる解放された『力』であるなら尚更だった。
駆け寄り、膝を折り、叩頭し、側に仕えることの出来る喜びに、自我すら投げ出すだろう。
療の言葉に、咲蘭と香彩が言葉を失くす。
香彩は何故今、紫雨が療に対して牽制にも似た眼差しを送っているのか、何となくだが理解していた。
それは咲蘭とも竜紅人とも違う、叶に対する『近さ』だった。
叶がその気になれば、鬼族の中でも大物に分類され、強大な妖力を持った『雷鬼族』である療を、いとも簡単に使役出来るということだ。
まさに魔妖の王と呼ばれた神妖。
生唾を香彩は飲んだ。
療の話を聞いた咲蘭が、小さく息をつくのが分かった。
「……譬え、『雷鬼族』の長を傀儡に出来るとしても、あの方はそれを決して良しとはしないでしょうね。出来てしまうと分かっているから、その声に『力』を出来るだけ込めないようにするでしょうし。あの方の本性が顕わになっていても、その矜持は失うことはないと、私は思いますよ。療」
はっとした表情で、療が咲蘭を見た。
やがて俯き、療は無言でこくりと頷く。
滅多に感じることのない神妖の気配に、やがて支配されていく従属の情。それは喜びであるはずなのに、自我を離した者がどのように扱われるのか。
本当は不安になっている療にとって、咲蘭の言葉は救いだったのだろうか。
顔を上げなくなった療の頭に、そっと置かれる白い手。
「仮にもしあなたに対して言葉の『力』を使う時があるのなら、それは『その必要があるからだ』と私は思います。あの方は常に展開を読んでいる。得られる効果を考え、常に『道筋』を作っている。彼君が行う事には、何かしら意味があるのだと思うのです」
「……この結界もそうだ、と言いたいのか?」
紫雨の言葉に、咲蘭がゆっくりと頷く。
「私達をここへ『閉じ込める』ことによって得られる何かがあるのではないか、と」
「はた迷惑だな」
「ええ、全く」




