第55話 無限の回廊 其の三
少し気落ちしたように香彩が言う。
見つめる先は外廊下の向こう側だ。
灯りの届かない暗闇の先に広がるのは、今自分が立っている大広間の入口近くの外廊下なのだ。
まさに無限の回廊の有様に、自分たちは『閉じ込められた』のだとようやく自覚する。
(それは一体何の為に……?)
香彩は物言いたげに咲蘭を見つめる。
その視線の意味を正確に理解して、咲蘭は苦笑した。
「私が、あの方のすること成すことについて、理解をしているとあまり思わないでいただきたいのですが?」
「お前以外に誰が理解しているというのだ?」
咲蘭の言葉に、香彩をしっかり捕まえながらも、即座に反応したのは紫雨だった。
「少なくともあなたは幼馴染で、私よりも付き合いは長いでしょう?」
「付き合いは長いが、深くはないのでな」
「さて? それはどういう意味でしょうね?」
「さあな」
身長の関係上、自分の頭上で言い合いを始めてしまったふたりに、香彩はおろおろと視線を彷徨わせた。
時折、閉じ込められた筈のこの場所に、ひょうひょうと風が吹く。
すがるように視線をそちらへと向けた。
本当に癖になっているのか、もしくはそういう成育と習慣だったのか、足音を全く立てずに面白そうに外廊下を、結構な速さで走って見せている療がいた。
彼が走り抜ける度に、顔に風が当たり、前髪が揺れる。
香彩の視線に気付いた療は、身体の重みを感じさせない動作で、駆ける足を止めた。
「もう、お説教は終わった?」
とても明るく爽やかに聞いてくる療に、まだだと答えたのは紫雨だ。
「説教を始める前に、誰かが違う話をし始めたのでな」
「あなたが妙なことを言うからでしょう?」
「ほぉう? どのような?」
紫雨と咲蘭の遣り取りに、香彩と療はやれやれと息をつく。
香彩としては療の側に移動したかったが、動こうとすると、紫雨にぐいっと引き寄せられることを、何度か繰り返している。穏やかでない空気が漂うふたりの間に、誰が居たいと思うだろうか。
不穏だと感じたのは、香彩だけだったのか。
しばらく無言で睨み合いを続けていたふたりだったが、不意に咲蘭の視線が反らされて、療を向いた。療、と呼ぶ咲蘭の声がいつになく鋭いのは気のせいではないはずだ。
療の方もびっくりしたのか、反射的に普段なら取ることはない、右手拳を自分の胸の上に置いて一礼を行う、心真礼を取り、短く応えを返している。
それを新しい玩具を見つけた子供のように、とても楽し気に見ているのは紫雨だ。
口の端に質の悪い笑みを浮かべているのを見て、香彩は何とも言えない気分を味わったのと同時に、ふたりの力関係はこうなっているのかと改めて認識した。
自分の突き声を自覚したのか、咲蘭が少し慌てたように療に礼を解くように言い渡している。
くつくつと頭上から笑い声が聞こえて、香彩はげんなりとした表情を浮かべた。




