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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第一幕 天昇
53/110

第52話 兆し 其の三



紫雨(むらさめ)……」

「滅入るお前の声も珍しいものだな。何だ?」

「護守が崩された、というわけではないのですね?」



 咲蘭(さくらん)の言葉に、(りょう)香彩(かさい)もまた紫雨を見ている。



「もしかして紫雨が白虎を連れてきたから?」

「そんなことで結界が弱まるんだったら、脱走し放題になっちゃうよ」



 療の質問に香彩が答える。



「縁起でもないことを言わないで下さいね、香彩」



 にこりと笑う咲蘭に、療と香彩は何やら背中に冷たいもの感じ取る。

 事務仕事や決裁の度に行方不明になる彼を、追いかけまわしている咲蘭にとっては『脱走し放題』という言葉は確かに縁起が悪いことこの上ないだろう。

 三人は自然と黙って紫雨を見る。

 そんな三人を見遣って、紫雨はとても大きく息をついた。



「……護守には影響ない。寧ろ反応がなさすぎて、あいつに問い質す案件が更に増えた、といったところか」



  紫雨の言葉に苦笑いをするのは療と香彩、そして少し不機嫌そうに息をつくのは咲蘭だ。



「──っ!」



 突如咲蘭があらぬ方向を見つめて息を詰めた。

 次いで香彩と療、そして紫雨が同じ方向を見つめて、息を呑む。




 妖気が、膨れ上がる気配した。

 まさに臨戦態勢。

 


 なにと。

 争う必要があるのか。

 



 療と香彩はお互いに頷き合うと、そっと障子戸を開けて、気配の漂う外廊下の方向を部屋から覗き込むように見ていた。外廊下にも『紅麗』の暖かな色をした灯があるが、それでも奥まった場所には灯りは届かず、暗闇が広がっている。


 香彩は右手の人差し指と中指を口の前に持っていき、息を切るような動作をした。これで人の瞳では見ることが出来ない暗闇の中を、まるで昼間のような明るさで見ることが出来た。

 ふと療が紫雨を見ると、香彩と同じような動作をしている。

 今この場で夜目が利くのは、療と咲蘭だけだ。


 療と香彩は中々部屋の中から外廊下への一歩を踏み出せずにいた。

 状況がどうなっているのか、何故ここに彼がいるのか。何故惜しみなくその独特な妖気を振り撒いているのか、全く読めないでいる。

 ふたりは紫雨と咲蘭に向かって首を横に振った。

 納得したように頷いた紫雨が何かを言いかけたその時だった。




 対抗するように膨らむ見知った神気に。

 思わずといった様子で駆けだしたのは、香彩だった。




「……か……っ!」

「──あの馬鹿息子がっ!」



 療を押し退けるようにして紫雨が部屋から飛び出した。


 長く真っすぐ続く、離れの外廊下で。

 紫雨がかろうじて香彩に追いつき、腕を掴んだその瞬間だった。



 馴染みのある妖気と神気がぶつかり合い、大きな音を立てて爆発を起こしたのだ。

 

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