第4話 序幕 其の四
「そして、さっきから五月蠅いですよ、竜紅人」
叶の言葉に、竜紅人は五月蠅いとは何だと言い返す。
「相手は天妖です。真竜である貴方が一番、相性が合うんじゃないでしょうか? 司冠になってまだ日もまだ浅いですし、仕事もまだ廻ってきてきていないのでしょう? 大司冠からはお許しは貰っていますよ」
叶はにっこりと笑う。
先程からぎゃんぎゃんと抗議していた竜紅人は、その笑みと手際の良さに大きくため息をついた。
大司冠は法令を司り、契約の証人の管理等を司どる役職で、司冠はその補佐だ。
まだ研修中で仕事を管理するというよりは、追いかけられているという状態だった。
確かに自分が抜けても仕事はちゃんと動く。
しかも相手が天妖ならば同胞だ。
だが。
「ちょっと待て。それだったら、やっぱりお前でもいいんじゃないか!」
「お馬鹿さんですねぇ。状況も分からないところに、いきなり大将が出て行っては、警戒されて反発を喰らうだけじゃないですか」
確かに、と叶の言い分に、思わず納得しそうになった竜紅人だ。
大将、こと叶はこの麗国の主だ。そしてかつては天に住まう魔妖の神であったのだという。
その昔、この『麗』という地は妖、魔妖の跋扈する荒れた土地だった。
人々はひっそりと隠れ住み、魔妖にいつ喰われるかと怯え、暮らしていた。
それを哀れに思い、人の為に堕天した慈悲深き神がこの地に降りると、魔妖は静かに身を潜めのだ。
何故なら彼は、天にいる時から魔妖の神であり、人を魔妖から救う神でもあった。彼は人を守るためにこの地に居着いたが、人は彼を国の主に祀り上げた。
だが、神とて妖。
麗国は妖を王にすることで、妖から身を守っている国なのだ。
天妖からすれば同胞でもあるが、人の為に堕ちた神でもある。しかも無条件で手を差し伸べてくれる相手ではないだけに、いきなり叶が現れたら反発するだろう。
余計な手を出して、全面戦争にならないことだけを祈るだけだ。
「……だーもう、分かったよ! 行けばいいんだろうが、行けば!」
少し癖のある、長い伽羅色の髪をかきむしるようにして、竜紅人がそう返事をすれば、返ってきたのは叶のにこりとした、なんともいえない笑顔だった。
げんなりとした様子で竜紅人は、香彩と療を見る。
ふたりともただ乾いた笑いを返しただけだ。
「それに貴方には、とってもいい出会いがあるかもしれませんしね」
叶の呟きは、誰の耳にも届くことはなかった……。