第46話 神妖 其の一
それは神妙な気配だった。
竜紅人は久々に感じる自分以外の神気と、強大な妖気の合わさった気配を間近に感じ、何かに耐えるように、拳を握りしめた。
大きな竜巻や颶風が物を薙ぎ倒す様を目の前にした時のような、恐ろしさと無力感。
そして竜紅人の背中を這い上がるのは畏怖の念だ。
思わず頭を垂れ、その意思に従属する本能が刺激されて、竜紅人はぐっと奥歯を噛み締めた。
彼君は滅多なことでは、その気配を顕現させることはない。普段は彼自身が、その甚大とも言える力を抑え込んでいるのに加えて、城に張り巡らされた結界が、彼君の持つ気配と力を無力化している。
だからだろうか。
久しいその気配に。
懐かしくも恐ろしい、と。
そんな気持ちに苛まれるのは。
天妖と呼ばれるもの。
その中でも、全ての魔妖の王と言われ、嘗ては天にいたとされる神。
神妖と。
そう謳ったのは一体誰であったのか。
彼の気配は天災のようだと竜紅人は思った。
降り続ける篠突く雨に、成す術なく成すがまま流れ行く濁流の様に。
干乾びてなお、照り続ける灼熱の天道に、狩り尽くされる清流の様に。
激甚な旋風に薙ぎ倒され舞い上がる、木々の有様を見る様に。
自分の持つ力を持ってしても、その圧倒的な力に適うことは決してないのだと、思い知らされる。
彼は神気を妖気を惜しみなくその身体から溢れさせて、ふわりと宙に浮かび上がった。高く結い落ちる長い銀糸の髪が、彼を護るようにしてその身に巻き付いている。
その毛先が。
威嚇をするかのように、竜紅人と葵に向けられた。
(──っ!)
竜紅人が一瞬だが戸惑いの表情を見せ、怯む。
彼が先程から竜紅人に、そして葵に向けて放たれているのは。
殺気だ。
竜紅人は叶に対して強い視線を返した。
向けられている覚えのない殺気に、ほんの一瞬でも怯んでしまったことをひた隠すかのように。
「大将が出て行ったら警戒されて反発を喰らうだけ……じゃなかったのかねぇ? 叶さんよぉ」
「状況が変わりまして」
にこりと笑って、抑揚のない物言いで叶が返す。
「よく城から出てこれたな。結界はどうした?」
「誰かさんが仕事で白虎を連れて行かれたので。そこからこっそりと」
叶の言葉に竜紅人が絶句する。




