第45話 招かざる珍客と檻の主 其の四
「竜紅人が僕のこと、覚えてないの仕方ないと思う」
葵が鵺の子供を撫でながら言う。
「貴方はあの時とても大変だった。彼君が救って下さらければ、貴方は堕ちていた」
竜紅人の顔が強張る。
何故それを知っていると問いただす気持ちが生まれたと同時に、すとんと答えが心の中に落ちてきた。
葵は知ってて当然だ、と。
ただそれがどうして『知ってて当然』なのかが分からない。改めて自分の中の大きながらんどうな穴に愕然とする。
竜紅人は今から十五年前に、繭を割って竜形で誕生した。
真竜は繭から出ると地上に送られ、地上の由緒正しき場所に預けられる。地上の方が時の流れが早く、身体を成長させられるからだ。その時に成長にとって邪魔な真竜としての本質である「光」という力はふたつに分断される。それは「肉体」と力の本質である「光」だ。
竜紅人が預けられた場所が、かつて天にいたとされる麗国を治める魔妖の王、叶の元だった。
降りたその日のとある出来事により、分かつ『肉体』の方に膨大な陰の気が入りこんでしまい、竜紅人は理性を失くし堕ちかけたところを叶に救われたのだ。
竜紅人はあの時のことを、実はよく覚えてはいなかった。
堕ちかけ救われた身体は、陰の気の中に含まれていた愛憎という名の怨嗟の重みが、身体の中で高熱という形で姿を現し、侵された。
竜形から少しずつ人の形を取れるようになった頃、何があったのか叶から事情を説明されて、初めて自分の身に何が起きたのか理解したのだ。
「葵は……あの時のことを知っているのか?」
竜紅人は敢えて葵に問う。
「知っている。だって僕は貴方の……」
「そこまでですよ」
部屋の中で声がして、竜紅人と葵は敏速に振り返った。
ほんの一瞬の出来事だった。
確かに先程まで誰もいなかった。気配すらなかった。
そんな場所に。
「種あかしは、いけませんねぇ。葵」
何故彼がいるのか。
高く結い上げた銀糸の髪を身体に纏うように漂わせ、嘲りの笑みを浮かべた叶が、そこに在ったのだ。




