第42話 招かざる珍客と檻の主 其の一
「大丈夫か!? 何があっ──」
障子戸を勢い良く開けた竜紅人は、目の前で繰り広げられている光景にしばし呆然と立ち尽くした。
竜紅人が障子戸に手を掛けたままで部屋の中の様子を伺えない療は、竜紅人の脇の下を潜って部屋の中に入ることにする。
そして、竜紅人と同じように療もまた、呆然とその光景を見ることになった。
妙な、生き物がいた。
それは驚いている咲蘭と葵の胸や太ももに、まるで甘えているかのように、そのもふっとした顔を摺り寄せていたのだ。
白くふわふわとした毛を持ち、まんまるとした身体からは、虎に似た四肢が生えていた。子供の狒狒と獅子の合いの子のようなその顔は、何やら喜んでいるようにも見える。
「さ、咲蘭様……それ……──何?」
療の言葉に咲蘭は少々戸惑いながら言う。
「突然部屋にこれが入って来まして……」
咲蘭の胸にその顔を埋めるようにして、ごろごろと喉を鳴らす得体の知れないそれに、ふたりは無言で視線を落とす。
気持ち良さそうに懐いているそれを、どうも払い落とす気になれないのは、とても愛嬌のある顔をしているからだろうか。
だがそれを全くの遠慮もなく、剥がす人物がいた。
「……何やってんだよ、療」
先程まで呆然としていた竜紅人だ。
竜紅人は生き物の後ろ首の柔らかい部分を掴んで、咲蘭からそれを引き剥がした。そしてふたりの間にそれを置くと、ちょこんとお座りをして、興味深々と竜紅人を見上げている。
その様子を確認した後、竜紅人は葵の元へ行き、太ももに顔を摺り寄せているそれを同様に剥がす。
「大丈夫か? 葵」
「りゅ、こうと……?」
少し戸惑いながらも竜紅人が、葵に話しかけようとしたその時だった。
床が撓むのではないかという勢いの足音を立てて、
「みんな! ちょっとこれ、これ見て!」
文字通り部屋に飛び込んできたのは香彩だった。次いでその後ろをやれやれといった風情で部屋に入るのは紫雨だ。
「──ってあれ?」
香彩はその腕に、全く同じ妙な生き物を抱いていた。
その奇妙な生き物は、まるで猫を思わせるような動作で、香彩の腕をとんと蹴り、下へと降りる。
そして。
竜紅人に向かって、一目散に走り出したのだ。
他の二匹も竜紅人をじっと見つめていたと思いきや、走り出す。
「え?」
そして一斉に彼に飛び乗った。
咄嗟の出来事とその重みに耐えられず、竜紅人が倒れ込む。
彼の上に乗った奇妙な三匹の生き物は、とても嬉しそうな表情を浮かべて天井に向かって顔を上げ、『めぇぇぇぇぇぇ──』と甲高い声で鳴いた。
きん、としたその咆哮に、その場にいた全員が耳を塞ぐ。
生き物のこの姿。
特徴的な鳴き声。
竜紅人を潰した白くてもふっとした生き物は、何やら得意気顔をしているようにも見える。
「まさかこれって……」
「鵺の子供……?」
療と香彩がそう言って顔を見合わせ、その言葉を聞いた紫雨と咲蘭が目を見張った。