第39話 療と竜紅人 其のニ
竜紅人は自身特有の『神気』を纏っている。
普段は抑え込まれていて感じることは少ないが、愚者の森を高速で移動していた竜紅人は確かに、きんとした冬の空気のような気配を振り撒いていた。
人に対する妖気が徐々に身体を侵す毒であるのと同じに、魔妖に対する神気もまた、体を内側から瓦解させる毒の様なものだ。そんなものが魔妖の棲家に侵入したとあれば彼らは攻撃的になり、また先遣隊の役割を果たしている土鬼族が出てきても不思議ではなかった。
だが。
森に入った途端に感じられた『騒がしさ』は、竜紅人のそれとは違った感じがしたのも事実だった。
森の空気を既に微毒で掻き回されたあとに、竜紅人の大きな『神気』が入ってきた、そんな感じを療は受けていたのだ。
それは一体どういうことなのか。
考え込む表情を見せる療に、竜紅人は再び息を付く。
「……同胞と戦わせてしまったな」
竜紅人の言葉に、療は勢いよく首を横に振った。
「いやいやいやいや、オイラ戦ってないよ。そりゃ、牽制はしてたけど」
「それに、お前が愚者の森へ入る危険性を、考慮していなかった」
「……ま、結果良ければ全て良しってね」
「──お前なぁ……」
溜息混じりの呆れた感じで言う竜紅人に、療は笑って見せる。
それは乾いた笑いだった。
ふたりの間に沈黙が降りる。
「実は……さ」
ぽそりと呟くように療が言う。
「実はオイラ、碧麗に着いたら、夜こっそり抜け出すつもりだったんだ。里の様子を……見に行こうと思ってた」
療の言葉に竜紅人は内心ぎょっとする。
「馬鹿かお前。まさか自分がどんな目に遭ったか忘れたんじゃないだろうな」
療が再び乾いた笑いを見せた。
「自分でも馬鹿だなぁって思う。叶様に鬼族のことをどうにかしろって言われて、とても気がかりだったんだ。……竜紅人が愚者の森を西へ向かって走り出した時……あ、怒らないでよ。とても焦ったけど、同時に幸運の機会が巡ってきたって思った」
竜紅人は相槌も打たず、ただ療を見ながら話を聞いていた。
「これで鬼族に接触できるって思った。だけどまさかあんなことになってるなんて、思いもしなくて」
「……何も情報、入って来なかったのか?」
「多分、止められてたんだろうね」
誰にとは療は言わなかった。
療の立場では決して言うことはないと竜紅人は分かっていた。




