第3話 序幕 其の三
「……つーか、お前が行けばいいだろうが! お前が! お前が行けば平穏無事丸くおさまるじゃねぇか。そんなよく分からん所に行って、分からん者に会って、何かあったらどうするんだよ! 責任持てねぇぞ、俺は!」
主君ともいうべき者に、食って掛かる威勢のいい声が、主君館と呼ばれる政務室に響き渡った。
そのかなりの声量に渡廊を歩いていた者は、きっと何事かと思っただろう。
横で様子を見守っていたふたりの少年も、思わず耳を塞いだくらいだ。
そして主君、叶もまた片耳を塞ぎ小さくため息をついた。
「役職的に主要ではなく身動きが取れ、ある程度の知識と経験値と戦力を持った者となると、お前達が適任なんですよ。竜紅人、香彩、療」
叶は名前を呼びながら、ひとりひとりに視線を合わせた。
竜紅人は先程の勢いが収まらないのか、だーかーらー何が適任だ、と抗議の続きに入る。
香彩と療は戸惑い気味ながらも、無言のまま叶と視線を合わせた。
「まずは香彩」
叶に呼ばれ、香彩は静かな声音で返事をする。
「魔妖に関しては本職であり、それなりの知識や経験もある縛魔師」
そんな風に言われ、どう返事すればいいのか香彩は再度戸惑い、その翠の瞳を彷徨わせる。
竜紅人が抗議していた適任云々を、叶はどうやら本人を目の前に説明する気らしい。
縛魔師とは術を操る術力を体内に宿し、祈祷や占術、国の季節ごとの祀りを行う者達のことだ。祀事の他にも、祓えや浄火、人に危害を加えた魔妖の退治などの仕事があり、魔妖関連の仕事はまさに専門職だ。
「次に療」
療と呼ばれた少年は、びくりと身体を震わせ、緊張気味に応えを返した。
初夏の森を思わせる様な瑞々しい濃緑の髪が、面白いようにはねる。叩けばこんこんと音が鳴りそうな程、手や肩に力が入っている様子で、直向きにその紫闇の瞳を主君へ向けた。
「今回、人が鬼族に攫われているようです」
療は、冷水に触れたかのように、はっとする。
「鬼族の生息範囲に近いということもありますし、決して人事ではないと思いますよ。 ねぇ、宿衛兵の療」
宿衛兵とは軍事や警備を司る、大司馬の中でも城内の警備をしている者のことを言う。担当場所はある程度決まってはいるが、何より人数が多いのだ。療がひとり抜けたとしても、上司である大司馬と大司馬将軍がきっとどうにかするのだろう。
「それにあの辺りの地理は誰よりも詳しいでしょう?」
頼みましたよ、と言う叶に、療は短く返事をする。