第38話 療と竜紅人 其の一
療はなんとなく、天井の木目を見ていた。
寝具を用意して竜紅人を寝かせて、自分も床に就いたはずだったのだが、何だが妙に目が冴えていた。
身体は疲労感を訴えている。
早朝から歩き通しで、夕暮れ前までに碧麗の街に到着しなければいけないという精神的な圧力と、『人』である香彩との体力的な兼ね合い。そしてようやく街に着いたと思えば、結構な速度で走りだした竜紅人を追いかけ、かつての仲間との再会した。
疲れていないわけではないのに、どうしたことだろう。
療は小さく息をついて、寝返りを打ちつつ目を閉じる。
寝てしまわないといけないのだ。明日から、帰城の旅路なのだから。
ふと、視線を感じて療は目を開けた。
寝ていると思っていた竜紅人と、視線が合う。
「……眠れねぇの? お前」
「……竜ちゃんこそ、もう寝たと思ってたよオイラ」
びっくりしたと言う療に、竜紅人の少し笑ったような気配がした。
昨日から様子のおかしかった竜紅人だ。
夕餉もそこそこに床に就き、今朝からはあまり話をせずに、まるで何かに追い立てられるかのように、そして何かに呼ばれるかのように、この碧麗にやってきた。
(でもまさか)
陽の暮れる前の、愚者の森へ単独で走って行くとは思わなかった。
普段の竜紅人ならば決してそんな不注意なことはしない筈だ。ましてや保護対象である香彩を置いて行くなど、有り得ない話だった。
(……それ程までに)
あの少年とは、深い繋がりのような何かがあるのだ。
竜紅人が寝具から起き上がる。
つられるようにして療もまた起き上がった。この季節特有の凍て返る寒さに、上掛けを自分の膝へと寄せる。
夜も更け、あと数刻もしないうちに日付が変わってしまう、そんな時間だった。
何やら思い詰めたような表情を浮かべていた竜紅人が、小さく息を吐いて療を見る。
「大丈夫なのか? お前」
「──何が?」
療はきょとんとして竜紅人を見た。
だがすぐに竜紅人が何を聞いているのか理解した療は、思わずそれはこちらの言葉だよと、心の中で唸った。
竜紅人の視線は療から離れない。
すまない、とそんな言葉が聞こえたのは、竜紅人の口からだ。
「……お前達のことを考えてる余裕がなかった。俺が『力』を抑えないで愚者の森に入ってしまったら、当然のことながら鬼族は動く。触発する。分かっていたはずだったのにな」




