第27話 愚者の森の攻防 其の四
紫雨は麗国の六つからなる役職の統括である、大宰の任に就いている。それ以前は大司徒だ。
だが時期大司徒になる者がまだ未成年の為に大司徒の『大いなる護りの力』を引き継ぐことが出来ず、紫雨は大宰と大司徒を兼任している状態だった。大宰である彼が大司徒の『おおいなる護りの力』のひとつである、風の式神白虎を扱えるのはそういった理由があった。
今日が碧麗に置かれている籍田皇の視察だということ、そして紫雨が護衛に大司徒の式神である白虎を連れて森に入ったことに、竜紅人は何とも言い様のない違和感のようなものを感じたが、自分の心の内に止めておくことにする。
たとえ何か大きな流れの中に身を投じてしまっていたとしても、すでに流され、行きつくところまで行きつくしかない程強い流れの中にいる、そんな気がしたのだ。
理由を説明しながらも紫雨は視線を、竜紅人が立っている位置の後方へと変える。そして少し質の悪い笑みを浮かべ、まるで感嘆するかのように、ほぉうと頷く。
「しかもこの儚げな美しい少年の為に、この時間に森に入るとは。隅には置けないな、竜紅人」
「……」
紫雨の物言いに竜紅人はぐっと詰まり、言い返すことが出来ないでいる。横にいる香彩は、ただ苦笑いだ。
その笑い声に誘われるように、紫雨が香彩の方へ視線をやる。
「……後で、聞かせてもらうぞ。何があったのか」
紫雨の言葉に、香彩はきょとんとした表情を見せた。
その時だった。
結界内に衝撃が走った。
土鬼が結界を壊すため、再び体当たりを始めたのだ。だが、先程と違っていたのはその結界の強さと相性だろう。
幾度と立ち上がり体当たりを繰り返すことが出来た土鬼は、たった一度の体当たりで起き上がることが出来ないでいた。
それを見た他の土鬼達が、じりじりと後退する。
話ながら反撃の隙を伺っていた三人は、今が好機とばかりに身構えた。
その体勢を止める者がある。
先程まで無言で前方で何かを見据え牽制をしていた療が、攻撃するなとばかりに右腕を横に広げ、更に前に出たのだ。
「療っ!」
竜紅人が呼びかけるが返事はない。
白虎が非難するかのように、低くうなる。
療は白虎を軽く撫でると、結界の外へ出てしまった。
「療っ!」
今度は香彩が呼びかけるが、やはり返事はなかった。
ざざぁ、と木の枝と葉の擦れる音が聞こえ、木の上にいた土鬼達が次々に地面に降り立つ。
土鬼達は結界から出てきた療の姿を認めると、先程までとめどなく漏れ出していた殺気の気配や威嚇の気配を消してみせる。
そして。
療に向かって片膝をつき、頭を垂れたのだ。
だが療は気にする様子もなく、何かを牽制するかのように、ただ前方を見つめていた。




