いざ、校長室へ
1週間ぶりです。
最近、毎日毎日ちょう眠たいです。
どうにかならないでしょうかねぇ……。
陽光を反射する純白の壁をもつ、くそ高い建物。そこに俺は入った。
多分高さは……、東京タワー並だと思う。
「こんな高い建物のどこにいるんだよ、校長ってやつは」
俺には分からないが、三重の魔術結界がかかるヨーロッパの豪邸を思わせる玄関口。そこから繋がる大理石仕立ての床。
草や土、泥などは欠片も見当たらない。
この徹底的に行き届いた掃除は何なんだよ……。俺の学校じゃガムのゴミとかいっぱい落ちてたのによ……。
「世界の理重力よ 我が身を以て 打ち払え」
そんなことを思っていた時、ハゲ頭は当然に唱えた。
唱えながら体に灰色の見たこともない文字が描かれる。
そしてそれは、体の周りをぐるぐると周り続ける。
「お、おい……。どうなってんだ?」
あまりに突然の出来事で、頭はついていかずそう口を開く。
しかし、ハゲ頭は答えることなく、体を浮かせた。
まるで、宇宙空間にいるかのようにぷかぷかとその場に浮いている。
「ほれ、お前も浮遊魔法を使わんか」
「はぁ?」
何言ってんだ、このハゲ頭は。
「俺の居た世界じゃ、魔法なんて概念は存在してねぇーよ。想像上のシロモンだ」
ハゲ頭は目を見開き、驚きをあらわにする。
「魔法が……無いのか?」
「そう言っただろうが」
ため息をついてから、さらに続ける。
「だからエレベーターか何かでいく」
「え、 えれべーた?」
「エレベーターだよ。まさか知らんのか?」
聞いたこともない単語を言われたらしいハゲ頭は、俺が外国人に話しかけられた時並に動揺している。
魔法が発展すれば、科学技術は退化するってことか?
「し、知らん。なんだその……エレ何とかというやつは」
「知らんやつに言っても意味ねぇーから、言わん。というより、魔法が使えねぇーやつはどうやって上にあがる?」
上がれねぇーとかねぇーよな? 流石に何かしら、別の方法はあるだろう……
「ない」
何ッ!?
「だいたい、この学校に来る生徒はみな魔法が使える。なんてたって、王立魔術学院なんだからな」
そういやマリアってやつがそんな学校名言ってたな……。
「んじゃ俺はどうしたらいいんだよ」
いきなり詰んだな。そう思いながら言葉を発する。
「キサマのような奴を運ぶのは癪だが、これしか方法がない。仕方ないんだ」
「何言ってんだ?」
お経を唱えるかのようにぶつぶつと呟くハゲ頭。
「お前を運んでやると言ってるんじゃ!」
天井が黒く霞んで見えるほど、高いエントランスにただでさえでかいハゲ頭の声が響く。
「うっせー」
両耳を手で塞いでそう呟く。
「装着 豪傑の怪力よ」
瞬間、今度は黒色が両腕を覆う。既に体には、灰色が纏っているというのに、さらにその上からだ。
また見たこともない黒文字が浮かび上がり、今度は体に刻まれていく。
演出ではよく見る、轟く閃光なんて派手さは見受けられない。だが、それでも……圧倒的な何かはあった。体を震撼させるような……、そんな強さが。
「ほれ、いくぞ」
瞬間、思考は断ち切られる。
体が宙に浮いたのだ。
「お、おいおいおい」
まるで紙くずを拾い上げるように、ひょいっと俺の体を持ち上げる。
いちおう体重50キロはあるんだぞ?
そんなことを思った瞬間──
「アァァァァァァァア」
上へ向かって超高速で飛び始めたのだ。
なんつー速さだよッ! 息がッ……できねぇ……。
「お、おい……大丈夫か?」
どれくらい上昇したくらいだろうか。
だが確かに言えることは、俺が死にかけだということ。
それも、転生直後の窒息死……。ダサすぎだろ。
意識朦朧とする中、そんなことを考えていると不意に耳に声が届く。
「だから、大丈夫かと言っておるんじゃ」
何言ってやがるんだ? ちゃんと聞こえねぇーよ。
まるでプールに潜って人の話を聞いているかのように、音がぼやけて聞こえる。
「……ゲホッ」
むせ返るようにして零れた音とともに、俺の体の中に空気が入ってくる。
「ゲホッ……ゲホゲホ」
止まらない咳。体をへの時に折って、体の中から込み上げる何かを吐き出す。
「大丈夫か?」
一通り溜まっていた何かを吐き出した俺に、心配そうな眼差しでハゲ頭が訊いてくる。
「うっせぇ。たりめーだろ」
「その顔でよく言える」
自分でどんな顔をしているか、俺は分かっていない。
だから、俺のどんな顔を見てハゲ頭が言ったかは検討もつかない。
「お前の頭の方がよっぽど心配だよ」
毛のない頭に目をやり俺はそう言ってやる。
「ふんっ、ほっとけ」
ハゲ頭は口先を尖らせ、いじけたようにも見える表情でそう告げる。
そしてハゲ頭は、再び上昇を始めた。しかし、今度は先ほどのような猛スピードでの上昇ではない。ゆっくりと、俺の体をいたわるように丁寧に上昇していく。
くっそ……。ハゲ頭に心配されるとは……。無性に腹が立つ。
あー、でも。これなら楽だわ。
ハゲ頭の効かせてくれた気のおかげで、俺の中でごちゃ混ぜになっていたものが元通りになっていくのが分かった。
ムカつくけど……、いちおう教師なんだな……。
「もう着くぞ」
そんなことを考えていると、少し高い所からそんな声がした。
いよいよ会うんだな。この学校の頭で、世界創世時より生きていると言われているらしいその人物に。
日本では……というより、地球上に存在する人で創世時より生きている人など絶対いない。
でも俺は……会えるんだ。世界は違うとはいえ、その偉大なる人物に。
俺は知らず知らずのうちに、心臓が高まっていた。
それをふぅーと息を吐き出すことで収め、顔を上げる。
一番に見えるのは、ハゲ頭なのが残念だがその少し先に白銀に象られた扉がある。
他の扉は目にしていない。というより、どこが何階なのかとかそういうことは、中央突破しているはずなのに、何も分かっていない。
ほんと、魔法技術はすげーや。
「今から校長室に入るから、態度を改める準備をしておけ」
「ふんっ、ンなもんする必要がねぇ」
口ではそう言ったものの、どれくらいジジイが出てくるのか、最長老だから威厳とかあるのか、などなど余計な思考をしてしまう。
しかし、ハゲ頭は俺の内心などつゆ知らず虚空に浮かぶ白銀の扉を3度ノックする。
「誰だ」
最長老と言うには、あまりに若々しい声が扉の向こうから返ってくる。
「私です。講師コード273リーレンド・オリルフです」
「おぉ、召喚魔法の授業をお願いした先生か。どうした?」
声以外なんの音もしない扉の向こう側。
普通、他に音がするだろ。一体どうなってんだ?
普通じゃない出来事に、期待が高鳴る俺は口を開こうとする。
「お……んっ」
瞬間、ハゲ頭に口を抑えられる。
汚い手で何しやがるんだ!? クソハゲ頭がッ!
「少し黙っておれ」
ハゲ頭の怒りのこもった瞳が俺に向けられる。
なんで俺がハゲ頭の言うことなんて……。
「恐らく過去に事例の無いものが召喚されたのです」
ハゲ頭は俺に睨みを効かせたまま、扉に向かって言葉を放つ。
「……ほう。興味深いな。その事例の無いものとは一体……」
「……っなせ!」
瞬間、ハゲ頭の俺の口を抑える力が弱まる。そこを好機と見て俺は声を上げた。
「まさかッ……人間か?」
直後、驚きと期待が混ざりあったような言葉が扉の向こうから飛んできた。
「……はい」
恨めしそうな目で俺を一瞥してから、ハゲ頭は返事をする。
「入れ」
そう校長が答える声がし、刹那の時間も要さずに、ガチャ、という鍵が開く音がした。
「……行くぞ」
ハゲ頭の顔が一気に引き締まる。まるで、地獄へ行くかのようなそんな表情で俺に告げるとハゲ頭は扉に右手をかざした。
次で世界創世時より生きると言われる校長先生が現れます。
一体どんな人なんだろう。
そして、馬鹿な茅野嶺亜はどんな態度を取るのでしょうか。