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悪魔の終わり

 大量の光が零れて溢れ出す。だが、それが何であるかを理解する前に光は収束しある一定の形を縁取り始める。

 縦に長くなり直方体のようになる。そしてその両側面からは細いものがウネウネと生える。次に、直方体の下半分程が小さく分かれる。


 段々と形を正しくしてき、それは人であると理解する。

 だがそれは1人や2人といった数じゃない。それの倍、いやそれ以上はある。絶え間なく光が生まれる現象はあった。しかし、一瞬でこれ程の光が現れることは無かった。


 一瞬でこれ程までに現れると言うことは、それを成し遂げる何かがいるという裏返しである。龍相手でさえ、マリアたちは全滅しなかった。故にこれは、あってはならない事実だ。

 そこまで考えた瞬間。俺は全ての解が誤りだったのだと気づいた。

 全身を泥だらけにはしているも、傷一つない十人の選手たちだ。それは俺もよく知っている顔で、マリアたち曰く、クラスで一番の頭脳を持っているという男──シシンタだった。

 その手の中には見慣れない鋼色に輝く歯車がある。何か特別な雰囲気があるわけでもない。ただその普通さが俺には不自然ではあった。


「おかえりなさい! C組第3チーム、1位です! 見事お宝を見つけだしました。更に、今回見つけられたお宝は最高難易度の設定だったらしく、この発見チームには1000ポイント入ります。これで、C組は大きなマイナスポイントを払拭できます!」

 龍と対峙するマリアたちの様子が映し出される画面から視線を逸らすことなく、実況担当のイチカは声を張る。

 シシンタ、ありがとう。

 心の中でそう呟く。これまでは、脱略する者しかいない故にポイントは下がる一方だ。龍の息吹により、一チーム目は-300ポイント。二チーム目はウルルが何人か倒してはくれたが、それでもプラスになることは無く、現在-200ポイントであり、合わせると-500ポイントの損失であった。


 だが、ここでシシンタの大きな活躍によりプラス500ポイントとなった。

 使えるって言い方はよくねぇかもしれねぇけど、それでも……シシンタはよくやってくれた。俺の期待以上の働きだ。

 口端を僅かに釣り上げ、微笑む。良くやった、労うように。予想外の功績を称えるように。

「やりやがって……」

 興奮を抑えるよう、こぼれ出しそうになる歯を口の中にしまい込み、ポツリと言う。お宝と称され、鋼色に輝く歯車を大事そうに抱えるシシンタ。あれがなんの役にたつのか、本当にお宝なのか、そんな所は知ったことではない。

 当初、ココロ先生の提案されたメンバーではどの種目にも出る予定ではない生徒達で固められたシシンタのチームが1位を奪い取った。その事が俺にとっては嬉しくて堪らなかった。


***


 魔獣なんてモノが存在するなら、彼は正しくそれであろう。膨れ上がる筋肉は、筋肉自慢である彼ゆえか丸太の如くになる。殴られれば一溜りもないであろうそれに、兄妹は目を細めるだけだ。相手を値踏みし、どの程度でやればいいか、どの程度本気を出せばいいか、を考えているようだ。

 彼らの表情に驚きはあれど、恐怖はない。力の限りでやるのみ、と言わんばかりだ。


 ルーズベッシは、その膨らんだ筋肉をうっとりと眺めてから野太い咆哮をあげる。体に似合った魔獣のような、禍々しさに(いびつ)さ、おぞましさ、全てを孕んだ怒号。

 画面の向こうで見ている者さえも圧倒させるそれに、ウルルは僅かに笑みを零す。

 妖しく、しかし躊躇うようにこぼれたそれを兄は見逃さない。

「いいね、その顔。流石妹だ」

 含み笑いでウルメロは言う。妹の笑みを嬉しそうに、まるで自分のことのように喜ぶ。


 ウルルは細めた目を静かに閉じてから、体内にあった空気を吐き捨て新たな空気を吸い込む。

 ウルメロはそれを鼻で笑い、拳を握る。相手は、ルーズベッシの体は全身が黒光りする。鱗でもついているかのようだ。そして、そのルーズベッシが動き始めようと右脚を動かした刹那、ウルメロが動いた。


 疾駆という言葉ですら表現し切れない、音速にも届くほどの速度を瞬間的に放ち、化け物じみた体躯のルーズベッシに詰め寄る。その勢いを殺すことなく、ウルメロは拳を振るう。トマトが潰れたような鈍い音と共にルーズベッシの体が更に膨れ上がる。それに飽くことなく、ウルメロは力業でルーズベッシをねじ伏せにかかる。地面を蹴りつけ、宙に舞う。その力を利用し、体を捻る。遠心力すらも己の力とし、ウルメロは左脚を回す。


 筋肉の繊維ごと引きちぎるかのようだ。音は鈍く、表情は苦悶に満ちている。だがそれでも、ウルメロは攻撃の手を休めることは無い。

 トドメだ、そう言わんばかりにウルメロは攻撃の最中に表情を緩め、天上へと視線を持ち上げる。

 もちろん空が見えるわけもなく、見えるのはゴツゴツとした迷宮(ダンジョン)の天井だ。

 しかし、ウルメロはまるで空が見えているような、大空を仰ぐような表情で微笑み、飛び上がる。

 天井にぶつかるスレスレで跳躍を止め、脚を地面に対して平行に伸ばす。

 重力に引っ張られるように落ちていくウルメロの体は、重力加速度を加え、落下速度を上げていく。次の瞬間、魔獣の如くに変化したルーズベッシの頭上を(かかと)が捉えた。喰らえばひとたまりもない、脳に衝撃が走り、頭蓋が割れてもおかしくないそんな威力だ。

 それでも、ルーズベッシは倒れない。

「おいおい……嘘だろ」

 ウルメロは口端を歪め、悪夢を見ているかのような表情でそう零す。渾身の一撃であったと言える。ウルメロにとってのそれを、ルーズベッシは難なく耐えたのだ。

 やる気なんてものは、一気に削がれ、勝利という文字に影が落ちる。


「諦めるのは早い」

 それを見たウルルは、しかしそう言い放ち地面を蹴る。小さく砂埃を舞わせ、演舞の如く地面の上を行く。勝てるとかそんな感情を抱いているのではない。

 勝つ、それしか頭にないように舞う彼女は、舞いながら足を引き摺る。怪我をしている訳でもないのに、だ。

 訝しげにそれを見ていた兄も、狙いに気づいたようで鼻を鳴らす。

「妹ながら、えぐいこと考えやがる」

 自分の諦めた心を嘲笑うかのように、妹は打開策を見つける。兄の威厳など無視してだ。

 腹はたつ。でも、こういうところがウルメロのウルルに対する憧れであり、嫌悪である。

 ウルルは、兄の気持ちなど露知らず狂宴を演じる。脈絡も無く行われるそれは、流石のルーズベッシも戸惑いを隠せないようで、肥大化した彼は目を見張る。

 だが、ウルルの策に気づく様子はない。狂宴が、乱舞が、それを隠す。

 描くのは円。描くのは紋様。描くのは円。描くのは読むことすら困難な文字。描くのは円。

 そうして何重もの円の内に描かれた紋様に文字が光を帯びる。そこに意志が宿るように、そこに想いを込めるように、ウルルは狂宴を止め、その外円の端に指先を当てる。

 ひんやりとした赤土の温度が指を、掌を伝い全身に染み渡るの感じながら咆哮に似た声を上げる。

 そこでようやく怪物のそれと化したルーズベッシは現状に気づく。ウルルが狂宴に交じって行っていた行為。乱舞に隠れて行っていたこと。自分を倒すために魔方陣を編んでいたこと――。


「お兄ちゃん!!」

 ウルルは困惑し、狼狽するルーズベッシを前に声を張り上げた。兄はそれを知っていたように隣に来ており、それに答える。妹と同じように指先を外円に触れさせる。瞬間、ウルルとウルメロの指先に稲妻が走る。同時に、指先が痙攣したようにぴくぴくと動く。だが、それでも表情を歪ませることなく、大胆不敵に表情を緩め、開口する。

「「天地開闢の調べよ。静寂しじまの世界を迎撃せよ!」」

 二人の声が同調し、重なり合い、波紋を呼ぶ。迷宮の壁面に反響し、轟く声に反応するように魔法陣の光は色を強める。

 際限なく煌めく光に、目を細めるルーズベッシ。瞬間、光は圧となり、圧は熱となり、熱はルーズベッシを襲った。

 ルーズベッシは声を上げることすらない。ただ、全身を包む熱だけは強く大きくなる。

 痛くも熱くも無いのだろうか。そう思うほど何も変化を見せない。だが次の瞬間、熱は膨張し、破裂した。


 焦げる臭いもなく、ただそこにあるのは光の流出だけだ。圧倒的な量の光を前に、1歩も動くことが出来ない。

 そして、暫くという時間が過ぎ光の流出は終焉を迎え、そこにルーズベッシの姿はなかった。


***


 全てを迷宮の外から見て、祈ることしか出来ない。俺が参加していれば……、などと考えた所で事実は変わらない。

 みんながやられる姿が、傷つく姿が、俺の心を締め付ける。頑張れ、そう願っても、傷ついてもいいというのは違う。

 傲慢な願いなどは分かってる。だが、それでもそう願う。

「そう、硬くなるなよー」

 既に結果を出し、後は応援するだけの立場となったイグターは、俺にそう言う。俺がここで、硬くなった所でなんの意味もない。後に控える競技に支障をきたすのがオチなくらいだ。

「それは……分かってるけど」

 理性と感情は別物だ。

 奥歯を噛み締め、画面を睨むように見ていた。その時だ。


 不意に、俺の肩に何かが触れた。当たった、という感覚ではなく、確かに触れられた。その確かな感触を確かめるため、俺は前面に視線を泳がせてからゆっくりと振り返る。

 だがそこには何もない。動物どころか、1人の人間さえいないのだ。

 勘違いだったのか? 肩に触れた感触を思い返しながら、小首を傾げる。異世界に来て、感覚までおかしくなったのか。

 そう思った刹那。

「少し出てきてくれ。話がある」

 凛とした鈴音のような声音が耳を掠め、確かな音として脳へと流れる。脳はそれを理解しようと、働く。しかし、存在が見えない相手からの声など、どう処理すればいいのだろうか。処理が追いつかず、全てが嘘であるように、声が幻聴であったのだと、理解させようとする。


「早くして、時間が無いの」

 また声がした。やはり、幻聴ではない。聞き間違いでもない。確かに声はある。声はあって、それは俺に語りかけてきている。

 理解は遠く地平線の果てに置き去りで、チクリと脳に電撃が走る。処理の出来ない事実に、戸惑い、焦っているのだ。

 そこでその電撃が、少し前に見た、しかし自分のことでいっぱいとなっていたために、忘れかけていた事実を想起させる。

 対応したのは、俺じゃない。A組のモモルカだ。何故か気になり、落ち込む彼女の下へ慰めに行ったその時に、見た。

 ──透明人間が、この世界には存在する。

 途端、処理し切れなかった、状況が、事実が、詳細が、脳内でスムーズに理解され、分解されていく。

 瓦解される理性の塊に、体は本能的にそれに従う。従うのが最善であると、直感がそう思うのだ。


「悪ぃ、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「今からいい所なのにか?」

 俺の発言に、イグターはいい顔をしない。だが、悪い顔もしない。トイレというのは生理現象であり、時も場合を考えず、排泄物のタイミングで体に支障をきたすのだ。

「あぁ、もう我慢できそうにないや」

「そうか、わかった」

 視線は1度も逸らさず、画面を見続けたイグターはそう言う。別段感情が籠るわけも無く、起伏のない声だ。

 俺はもう1度、悪ぃな、と吐露しその場を離れる。ここからどっちの方角にトイレがあるのかは分からない。しかし、目的はそれではない。人の間を縫って、人混みの中から抜け、俺は校舎の方へと歩みを進める。


 校舎の中に入る。天上からは零れる光が燐光のように揺れる。

 だがしかし、そこに人の気配や姿は感じられない。

 無人である、と感覚で理解する。

 ──いや、誰かいる。

 コツン、と俺が通ったはずの入口付近から足音が聞こえる。今入ってきた、といった感じではない。すぐそこに、その場に隠れていたかのようだ。いや、実際に隠れていたのだろう。

「呼び出してまで、何の用だ?」

 相手に聞こえるように、その相手を威圧するように、声を張る。


「ふふふ」

 しかし、返ってくるのは不気味な笑い声だ。俺の反応を楽しむように笑い、はぁー、と笑い疲れたように吐息をこぼす。

「そんなに怖がらなくて大丈夫よ。私だから」

 途端、何もなかったそこに、色が浮き出し、形を縁どる。

 縁取られ、縁取られ、そして完成する。緋色の髪に、緋色の双眸。勝ち気な猫目、と特徴が浮かび上がる。

 整った顔立ちと言えるであろう女性が、そこに誕生する。女性は、妖しく、愉しそうに、俺を見て笑った。

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