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終わりへの第一歩

***


 場に残っているのは5人だった。C組からはウルルただ1人。B組からはウルメロ。こちらも1人だけだ。そしてA組は3人を残している。やはり、A組の威厳というものなのだろうか。赤土の粉塵が舞い、その中をウルルが駆け巡る。それを追巡するウルメロ。2人の関係はどういったものなのかその場にいる誰もが理解しきれない。兄妹であるというのにも関わらず本気で殺し合いをできているのだ。いったいどのような家庭環境にあれば、ここまで狂気的になれるのだと思わせる。血走った目に映るのはA組の人ではない。互いが互いを映しているのだ。強く引き締めた拳を突き出す兄ウルメロに対し、妹ウルルはほとんどの動作をなしにそれを避ける。続いて妹がすらっと伸びた脚を脚力の限りで振るう。兄はそれを腕を交差しそれを受けきる。受けとめた脚を握るや否や、兄は妹を放り投げる。妹は短く声を洩らし、体を壁へとぶつける。

 ただでさえ赤土色の壁に毒々しいほど赤い血液が飛び散る。

「A組がそっちのけにされてるって……。それでいいのかオ?」

 大柄な男が野太い声を響かせる。A組のドナートという男だ。成績はA組の中では、中の下といった所だがココという所の勝負所に強いというのは1年では周知の事実である。

 ドナートは自分で投げた問にかぶりを振り、否、と唱える。

「勝つのは俺たちだオ! そして、勝ち方もA組らしく圧倒的にだオ!」

 彼をまとめるはずのルーズベッシは、肩を竦めながら小さくため息をこぼす。彼は、勝負所に強いというのはこういう面も含めるのだろう。勝手にしろ、と言わんばかりにルーズベッシは声をかけることすらせず、少し離れた所で大きく肩を上下させながら呼吸をしている残りのメンバーに目をやる。

 戦闘という言葉からはかけ離れたように華奢な体つきの女子生徒だ。特徴的な桃色の髪も今ではすっかり泥にまみれている。

 ルーズベッシはそんな女子生徒の下へ行く。

「正直な所、ここまで善戦されるとは思ってなかった」

「わたしだって。特に、あの2人がダークホースだわ」

 口端に笑みを浮かべるが、その表情に余裕は見受けられない。

「ソホニ、お前……リタイアするか?」

 ルーズベッシは、そんな女子生徒を見て厳かな口調で告げる。次を、その次を考えてのリーダーの判断だろう。

「そんなッ。ここまで来て、それは嫌よ」

 瞬間、ドナートがウルルとウルメロの戦闘に割って入った。刹那の時間すら持つことなく白い光に返り、A組の人数が残り2人となる。

「でも……」

 答えは出ているのだ。ルーズベッシはするか? という疑問文で訊いてくれてはいるが、胸中はしろ、という命令形なのだ。

 リタイア、と叫べばそれで全てが終わる。戦闘で敗れるより大きな損害をもたらすリタイア。ソホニの頭の中は計り知れない量の情報が行き交う。

 それでも──

 ソホニは戦いを選ぼうとルーズベッシの顔を見る。

 凍りついたような瞳でソホニを覗く。視線だけでここまで威圧できるのか、とそう思える。体が強ばる。恐怖で喉が締まる。声が出ない。

「リタイアだよな?」

 ソホニは黙って頷く。結局、それしか答えは用意されてないのだから。それに従うことしかできなかった。

 悔しさもあった。だが、それ以上にクラスが信じられなくなったのだった。


***


 壁面には数多の堀った跡がある。その壁の前には膝をついて泥々になった男女が並んでいる。

 この競技が始まってからおよそ30分が過ぎようとしている。このチームは、その30分間をこの入口付近で過ごしてきたのだ。爪の間に赤土を埋め、服をそれで汚し、体力を削る。一般的に考えれば、お宝があるのは最奥部だ。しかし、昨日それだけでは無いのだと知った。だがここまで何も無ければ、それを信じる心が揺らいでくる。

 それは当初C組の参謀役として、間違いないと言われていた成績優秀の幼さ残る顔立ちの男が言った言葉だからこそチームメイトは信じていた。最早それも、限界がきたと言わざるを得ない。チームメイトは動くことを諦め、奥へ進むことも諦めている。負けを待つだけである。

 しかし、それでは勝てない。勝つ気が無くてもここでは勝っていかなければならない。

 王立、ということだけありこの学院卒の生徒のほとんどが地方の近衛兵などではなく王側近の護衛騎士や王宮を護る王宮騎士など大役を承ることになる。このような所で弱音を吐き、負けを待つだけの存在ならば近いうちに退学させられるだろう。

 リーダーで秀才のシシンタはそこまで考えをまとめると、負けられない、と心の中で叫ぶ。落ちていた視線を持ち上げようとする。その時だ。

「あ、……れ?」

 自分の足元の赤土がわずかに光を放っていることに気づく。あまりにわずかのために今まで見逃していたのだろう。

 思わぬ発見に笑みをこぼしたシシンタは、光を放つ場所を掘り始める。

 赤土が爪の奥まで入っていく。それを構わず、彼は犬のごとく掘り進める。

「──っ!?」

 思わず息を呑んだ。暗順応し、暗闇に慣れた目を強く刺激する強烈な光が飛び込む。光は赤土に反射し、まるで乱反射の如くになり、辺り一面に光の筋が生まれる。

 チームメイトからは感嘆の声が洩れる。

「やった……」

 小さくそうこぼし、シシンタはいかにも、という光を放つその宝箱を持ち上げる。

 どっしりとくる重量感は無い。ただ空の箱を持ち上げたような、空虚感があるだけ。そんな疑問に苛まれながらも、シシンタは箱を掲げて声を上げた。

「あった!!」

 途端、シシンタを含めそこに居た10人に光が帯び始めた。痛みも、全身を軋ませるようなそんなものはない。あるのは、穏やかな気持ちにさせ、先ほどまで全身にのしかかっていた不安や披露を癒してくれるようだった。


***


 大量のゴブリンを相手にし、疲労困憊となるA組1チーム。緋色の髪を靡かせるナナニス・ベールは眼前にうじゃうじゃといたゴブリンがいなくなったことに安堵をこぼす。しかし、結果は良いものとは言えないだろう。

 あと一撃でもダメージを与えられたなら、強制転移させられてもおかしくない程のダメージを負っている。それは、ナナニスだけではない。ゴーリーラは自慢の筋肉の一つである胸筋に大きな切り傷が残っている。血こそあまり出ていないが、表情が穏やかでないことからして、尋常でない痛みを伴っているのだろう。

 相手はたかがゴブリン。RPGゲームならスタート直後の敵。しかし、これは魔術で創られた偽りの空間といえど中にいる人たちにとっては本物。人間という枠に囚われる者に、人間という枠組みを逸脱した亜人種であるゴブリンに勝てるものなどそうそうない。

 だがA組は多大なる被害を引き換えに成し遂げた。

 ナナニス、ゴーリーラ、それから見た目に特段特徴の無い男子生徒──ババリッヒだけだ。あとは皆、光に還り強制転移させられた。

 黒い髪に、平凡な体系。本当に特筆するようなものは見た目に関して言うと何も無い。なら何故、A組にいるのだろうか、と思うだろう。それは彼の持つ魔法によるものだ。触れた相手を自分の想像した通りに砕く魔法。木っ端微塵になれと思い相手に触れれば、木っ端微塵になり、右手よ落ちろ、と思えい相手に触れれば右手が落ちるという粉砕魔法の持ち主。

 前例を見ない魔法に本人も使いどころを悩むという。

 そんな彼を含めた3人は、ドロドロになり、疲労を溜める体にムチを打ち、立ち上がる。

 まだ奥には続く道がある。獣道かもしれないし、何も無いかもしれない。

 しかし、勝利するためには進まなければならない。

 3人は一瞬目を合わせ、小さく頷くと静かに奥へと歩を進めた。

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