王の登場
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洞窟のような、洞穴のような。迷宮とはそのようなものが組み合わさり、極めて複雑化されたものだ。故に、足音一つでさえも不規則に、木霊し反響する。
それは声も同じだ。声の場合は、反響の回数によってはモンスターのような声音になることもあるし、甲高いそれになったりすることもある。
イヌ顔の男は、青髪の他人を見下したような視線を浴びせる男に向かう。
隣からは、大人しげな金色に近い茶毛の女が制止している。それを無視しての飛びつきだ。
イヌ顔の決して体つきがいいとは言い難い男は、隠れた右目を髪の奥から光らせる青髪の男に拳を突き立てる。
互いの距離がそんなに離れてないということもあり、イヌ顔が地面を蹴ってからは一瞬という時間だっただろう。しかし、青髪の男はそれを読んでいたかのように、首を僅かに右側へ傾けることで避けきり、がら空きになったイヌ顔の腹部へ蹴りをいれる。
イヌ顔は目を向き、唾液を飛ばす。
腹部を抑え、蹲るイヌ顔の男に青髪の男は更に蹴りを浴びせる。
「うひょー、痛そ」
それを物陰から見守る筋骨隆々に五厘刈りの男──ルーズベッシが見た目の厳つさからは想像の出来ない豊かな表情でつぶやく。
「リーダー。バレますよ?」
それを厳かに言い放つのは、桃色の髪を持つ華奢な女の子だ。
「バレても構わんさ、ソホニ。我々はA組で、最強なのだから」
大胆不敵とはこの事だろう。高笑いとまではいかない。しかし、一触即発……、いやもう戦闘の火蓋は切って落とされたB組とC組とそれほど離れてない場所で笑ったのだ。笑い声はたちまち、でこぼこした壁面や床に当たり反射し、B組とC組の所まで届いた。
「「誰だッ!?」」
青髪の男とその男に飛びかかったイヌ顔の男か同時に声を上げた。ソホニは、ジト目をリーダーに向けて、わかりやすくため息をつく。
「ほんと、面倒ごとが好きですね」
いつもと少し違うトゲのある言い方。しかし、ソホニはこれ以上に強い物言いをしない。それを知ってるからこそルーズベッシは微笑を浮かべる。
「A組の力を見せてやればいいんだよ」
そして、そう言い物陰から姿を現した。
***
「遂に、三つ巴に! 勝ち残るのは優秀を謳うも現在3位のA組か、それとも魔術戦闘にて逆転し優勝を目指すB組か、はたまた落ちこぼれ扱いされながらもトップをひた走るC組か!」
イチカの実況が轟く。画面上では、A組の五厘刈りに筋骨隆々という見るからに恐ろしい男がロッキーに向かう。
ロッキーは、先ほどB組の青毛野郎から受けたダメージのせいか、まるで生まれたての鹿のように脚をガクガクと震わせている。
「無理はすんなよ……」
ここで無理されて、大隊魔術戦に支障をきたすのは愚の骨頂である。俺は、真摯に画面を見つめてそう祈る。
「これはまずいな」
ウルルも収集がつかなくなったと判断したらしく、攻撃態勢へと変わる。これで完全にあの場は戦闘モードになった。誰も止める者はいない。勝者が決まるまでの殺戮。そしてその中でも、1番に狙われるのは──
「間違いなく、俺らのクラスだろうな」
「だよな……」
俺の呟きに、イグターも同じ考えだったらしい。表情を曇らせながら同調する。
元より落ちこぼれというレッテルを貼られた俺たちは、狙われる側。だが、今回はそれだけではない。現在1位という看板も背負っているわけだ。そんな中残り競技も限られる場面だ。
狙わない理由がどこにもない。今や、打倒C組になっているかもしれない。
「B組リーダー、ウルメロの拳がC組の女子生徒にヒットする。女子生徒は、虚ろな瞳を上げるも……脱落です!」
その声と同時に、俺らのクラスメイトであるここといった特徴はないが、綺麗な顔立ちはしている女子生徒を白色の光が包む。暖かさも、冷たさも、あらゆる感情を感じることのできない光は完全に女子生徒を包むや、刹那に消え去る。その後には女子生徒の跡形すら見ることすらできない。
直後、画面の中の光が俺たちイグノーン学院の生徒の前に現れる。やはり近くで見ても、特徴と呼べる特徴は見受けられないが、強いて言うならば暗い赤色の髪をポニーテールにしていることだろうか。
彼女は別段深手を負ったわけではないが、弾かれた。ということは、何かが一定基準を超えることで強制退場なのだ。
「これでB組には50ポイントが入ります」
イチカの実況とともに、天を穿つように聳え立つ校舎の比較的低いところに掛けられたポイントを掲示した案内板がカタカタと音を立てポイントを刻む。俺たちとの差は50ポイント埋まり、差はたったの235ポイントとなる。
白熱したバトルを繰り広げるチームに血眼になってお宝を探すチーム。行動は違えど、それぞれが目指すものは1つ。協同探索”シーリングサーチ”の優勝――
「ふんっ。あいつに呼ばれて来てみたが、なかなか面白いことをやっているではないか」
ひどく低く、心を鷲掴みにされされたような不快感を与える声がした。不快感を与えるそれにもかかわらず、よく通る。
同時に、妙なイライラさえ覚えさせる。何なんだよ。
そう思いながら、俺は声をしたほうを見る。そこには、男が2人いた。1人は俺も知っている。声を聞いて不快を覚えるという記憶はないが、その姿を見ればフラストレーションは否応なく溜まる。そんな相手である。
しかしそれも相手を知っているからこそだ。知らなければ、清潔感のある青年といった認識になるだろう。いかにも日本人らしい焦げ茶の双眸と相反する日本人離れしたきれいな鼻筋にミディアムロングの毛先にだけあったパーマは、どこかヨーロッパの人を思い起こさせる。その青年は俺を見つけるや、柔らかく微笑む。
これだけ特徴がそろった上に、俺の感情を逆撫でするようなあの笑顔。間違いない、校長だ。
俺と同じく日本から転生してきたというマクベス・イリオン。
「なんでいるんだよ」
会いたいとは思ってたが……会えば腹立つ野郎だぜ。そんなことを思いながら、短くため息を吐き横目でイグターを見る。
「……えっ?」
これまでで見たことのないほど強張った表情を浮かべるイグターがいた。校長と会うのがそれほどまでに緊張することか? と思ったが、その答えはすぐ違うとわかった。
イグターの視線の先にあるのは、校長ではない。校長からわずかにずれており、そこにいるのは俺が声を聞いて不快だと感じたその人物だった。
「おい、あれ……誰なんだよ」
指をさして訊こうと右手を持ち上げたが、まるで金縛りにあったかのように体が動かなくなり俺は言葉だけで訊く。すると、イグターは壊れかけのロボットのようなぎこちない動きでこちらに向き、カチカチと歯を鳴らしながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あちらの御方は、わいらが会うことが出来ていること自体が奇跡である現国王のロナウゼルセ様だ」
***
王立の魔術学院を作ることを強く推し、その法案を半ば強引に通した張本人であるロナウゼルセがすぐ近くに来ているなど微塵も思ってないマリアたちは、ホーリアの超感覚を頼りに先へと進む。どれほど奥まで来たのか、同じ景色ばかりが続くために分からなくなっていた。
だが、実際のところで言えば大体3キロというところだ。
しかし、何のピンチに陥ることもなく順調にここまで来れた。それはやはり超感覚という人間離れした能力が味方にいるからゆえだろう。
マリアは内心でホッとしながら、リーダーであるムムの後に続く。超感覚による太鼓判があるからか、やけにその背には自信があるように見える。
華奢とは言い難いが、それでもがっしりとまではいかないそんな体のムム。後ろ姿だけでは女子とは少し分かりにくいところもあるな、そんなことを思いながら歩くマリアは不意にムムの肩が上がったのに気づく。
「どうしたの?」
何も無いかもしれない。だが、不用意にそんなことをするムムでないということは、クラスメイトであるマリアが分かっている。だからこそ、訊ねる。
「……ねぇ、ホーリアくん」
ムムはしかし、マリアを無視して超感覚を持つホーリアに言葉を投げかける。
マリアは無視されたことを言及しようかと、ムムの顔を見る。険しく、ただ事ではないと語っている。
それを察知し、黙る。ムムは察知してくれたマリアに目だけでお礼を告げるとホーリアへと視線を移す。
「え、えっと……」
戸惑ったような表情で、ホーリアはマリアへ視線を向ける。
なんで私に……、マリアは胸中でそうこぼしながら小さくかぶりを振る。それを見たホーリアは、今にも泣き出しそうな顔でムムへと向き直る。
そして、瞳を閉じて超感覚を更に研ぎ澄ませる。聞こえていた音が、触れていた空気が、何もかもが先程までとは別の次元のそれとなる。制御し切れないほどの大量のデータに少し表情を崩す。
「な、なに……ッ!?」
クワッ、と目を見開きホーリアは驚きを露わにする。研ぎ澄ませても僅かにしか感じられない。しかしそれは、今までに触れてきたことの無い、魔力の塊。吐き気を覚えるような圧倒力。ホーリアは、何がどうなってるのか分からなず喘ぐように声を洩らすだけだ。
「何を見たの?」
やや早口になりながらムムは訊く。ホーリアは、だが顔を色を悪くし唇を震わせるだけで声を発さない。
「だから、何を見たの?」
その事に苛立ちを隠せないのか、ムムは少し距離を詰めて改めて訊く。
ホーリアはまだピクリとも動かず何も言わない。
「だ、大丈夫?」
あまりに動かないことが心配になり、マリアはホーリアの肩を持つ。瞬間、我を取り戻したようにホーリアは「あっ」と洩らすと、据えた瞳でムムを見る。
「この先にお宝はあります──」
「ほんと!?」
その言葉を聞いた途端、ぶすっとしていた表情を緩めるムム。
「でも、少しマズイことになってます」
「ん? どういうことよ」
その表情も一瞬で、すぐに表情を引き締める。
「守り神、とでも言うべきでしょうか。かなりでかい何かがそこにいます」
***