それぞれの戦い2
掠れるような、潰れるようなそんな声である。
ウルルは、秘密を隠し通せなかったこと自分に歯噛みしながら兄であるウルメロの方を見る。
金髪に近い茶毛を持ち、それと同色の瞳。それからいまの彼女を表すにはぴったりとも言える弱々しさを象徴した垂れ下がった目。対して、その兄はと言うと青色の髪を右目が隠れるほどに伸ばし、髪から出ている左目も青色で常に相手を見下しているような目をしている。
あまりに対照的すぎて、兄妹と言われた所でそれを容易に信じられる要素があまりに無い。
その時、兄ウルメロは鼻で笑う。
「まぁ、別に? 隠そうともしてないけどよ、今ここで言うか?」
当初C組に遭遇したときの嘲るような視線を妹であるウルルに向ける。ウルルは何も言い返す事が出来ず、ただ黙ることしか出来ない。
「何とか言えよ、出来損ない」
「てめぇ!」
ウルルを目の前にしてそう言った兄にロッキーは盾突く。それは兄妹の中では普通のやり取りなのかもしれない。だからと言って、クラスメイトの前で嬉しいわけがない。現にウルルは肩を小刻みに震わせている。
「犬みたいなキャンキャン吠えやがって。弱さが滲み出ているぞ」
ロッキーは右手に作った拳をぎゅっと握る。今にも殴り出したかった。こいつをぶん殴ればどれほど気持ちが晴れるだろうか。
「落ちこぼれでも怒ることはできるみてぇーだな」
そんなロッキーの姿を見たウルメロは高笑いを上げる。それに続くように後ろに構えるB組のメンバーが笑う。
「いい加減にしろよ」
奥歯を強く噛み締めたロッキーが押し殺した声で言う。
「ならかかって来いよ」
そんなロッキーを嘲笑うかのようにウルメロが言い放つ。瞬間──ロッキーは隣で制止するウルルを無視して地面を蹴った。
***
道無き道、なんていうことはなく。マリアたちは坑道のような道を歩いていた。まだどのチームとの遭遇もなくここまで来た。順調と言ってもいいだろう。
「どう?」
灰色の髪が特徴的なムムは超感覚という人外の能力を有するホーリアに訊く。
ホーリアはゆっくりと瞳を閉じる。遠くから聞こえる音に聴覚を研ぎ澄ませ、流れる空気に触覚を研ぎ澄ませ、僅かな匂いさえも逃すまいと嗅覚を研ぎ澄ませる。そして最後にクワッと目を開く。翡翠色の瞳に光が宿り、遥か遠くまで見渡せる視覚を得る。
味覚以外の全ての感覚を研ぎ澄ませ、ホーリアは迷宮を把握する。
──んー。音は隣から聞こえる。声はかなりの数がある。他のクラスが戦闘になっているのか? 危険な香りはしないし、目にも危なそうなものは見えない。だから、恐らく。この道で合ってる。と思う。
「うん、大丈夫。この道を進めばいい」
ホーリアは確かなる声音でムムやマリアに告げる。ムムは満足気に頷き、足取りを早める。
「こんな簡単でいいのかな……」
予定調和過ぎる。出来すぎている。そんな状況にどこか不安を覚えるマリアはそう零すのであった。
***
「マリアたち、このまま行けるかな」
不安が脳裏を過ぎる。別段それを確証付けるものはない。ただマリアの表情が見ている者を不安にさせる。
フィールド上に映し出される映像を見る者は大歓声を上げている。自分のクラスが出ていなければ……。自分のクラスがピンチに陥っていなければ……。俺だって見え方は変わっていただろう。
「さぁーな。でも、今のところは順調って感じに見えるけど」
俺の呟きにイグターがそう答える。でも、それで俺の不安が拭えるわけじゃない。
何だってんだよ。
心を掻き立てる何か。何かは分からないが、焦燥感が全身を蝕む。こういうのをなんて言うんだっけ……。
そんなことを考えながら、心の中でつぶやく。
気をつけろ。
***
どれだけ多くのポイントを稼いで最後へと繋げることができるか。それがこの魔術演武祭のキモである。
それを分かっているからこそ、どのクラスのどのチームも諦めることをしないのだ。
それは3チームも出場させているC組も同じ。
「僕たちに課せられたのは頭脳戦だ。頭脳はA組になるためには必要最低限であればいい。ならば、A組に勝る頭脳の持ち主は僕たちの中にいるかもしれない。──いや、必ずいる!」
まるで政治家が街頭演説をするかのような口振りで、アルトボイスを響かせる。
「そりゃあ、貴方しかいませんよ。シシンタさん」
シシンタと呼ばれた者とは対照的な低く渋い声が迷宮内に木霊する。
「それはどうかな。僕を遥かに上回る策士がいるってことを昨日しちゃったからね、ドロス」
ドロスと呼ばれた細身の身体の男に、シシンタは苦笑を浮かべる。──カーミヤ・マクベス。それがシシンタの揺るがない勉学への自信を奪った男の名だ。でも、シシンタはそれで良かったと思った。落ちこぼれと揶揄されるC組で悦に浸っていても、意味が無いのだ。目指すは打倒A組なのだから。
迷宮全体の構造は分からない。だが、おそらく──
「お宝が何かは分からないが、一つは入り口の近くに配置してある」
奥にあるとは限らない。昨日カーミヤ・マクベスに教えられた事だ、とシシンタは心の中で表情を歪ませながら思い返しながら、周りと同化する魔法である視認阻害魔法を使ってきた理由を明かす。
そして、高らかと拳を掲げる。
「一番乗りは僕たちだ!」