それぞれの戦い
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「ちょっ……と。誰が一番左だ! なんて言ったわけ」
緋色の髪に勝気な猫目が特徴的なナナニス・ベールは額にびっしりと汗を滲ませたながら吐き捨てる。
それもそのはず。左を進んだA組の前に次々と湧くモンスター。迷宮という名にふさわしい深緑色の体をした木槌を武器とし、手に持つ化物ゴブリンが襲い来る。
これが超感覚を有したホーリアが危険と察知した理由だ。
「また来たぞ!」
山吹色の髪を短く切り揃えた、三白眼の男子生徒は張り詰めた様子で言い放つ。
瞬間、大小と大きさの異なるゴブリンの集団が片手にA組のチームを襲う。
A組はまさに鍛え抜かれたと表現できる速度で隊列を組み、出現したゴブリンに対応する。前衛をいくナナニスは詠唱抜きで発動できる魔法を展開する。意識を指先に集中させ、その指先を一体のゴブリンに向ける。瞬間、指先に赤色の魔方陣が描かれる。
「発射!」
勢いよく放たれる声に同調するかのように、指先から赤い塊が放たれる。宙に出たそれは、たゆたいながらゴブリンに直撃する。ゴブリンはみるみるうちに赤に染め上がり、炎に包まれる。
――火焔術だ。
だが、それでもゴブリンはまだうじゃうじゃと残っている。続いて、紫色の髪をツインテールにしたモモルカが飛び出し、右手を前に突き出す。
「微風暫」
魔法名を言い放つや、モモルカの手首の辺りに小さな若草色の魔方陣が展開される。刹那、というほどの時間も要さずに展開された魔法陣からは、微弱な風の、しかし岩石ほどなら切り裂けるほどの威力がある。
ヒトでないゴブリンといえど、それを喰らえばひとたまりもなく四肢が飛ぶ。だがしかし、鮮血が迸ることはない。ここは、あくまでも学校の地下に瞬間的に創られた迷宮なのだ。
それにさらに続くのは、先ほど声を上げた山吹色の髪をもつ、筋骨隆々の男子生徒だ。指定の体操服の上からでもわかる筋肉は流石の一言に尽きるだろう。
「後は、お願い! ゴーリーラ!」
「おうよ」
ゴーリーラと呼ばれた筋骨隆々の男は、切りそろえられた自分の山吹色の髪を一撫ですると、両手に拳を作り、それを打ち合わせる。
ドスっ、という鈍い音とともに拳と拳の間に魔法陣が展開される。その間からは、目を細めたくなるほどの量の目映い光がこぼれだす。
そして、光に包まれた拳をゴブリンに向かって突き出す。途端、拳を包んでいた光はゴブリンへと移りより一層の輝きを増す。次の瞬間――眼前にいたゴブリンは跡形もなく消えたのだ。
「先を急ぐぞ」
ゴーリーラは小刻みに両腕を震わせながら、チーム全体に言う。返事は返ってこない。しかし、A組は確かに今まで以上に速い足取りで奥へと進み始めた。
***
「…………あっ、A組、なんなくゴブリンの群れを跳ね除けます!」
A組VSゴブリンの群れの戦闘を食い入るように見ていたイチカは、その役目を思い出したかのように解説を再開する。
まじかよ……。教師という指揮官なしであそこまで動けるのか。
この先に行われるであろう大隊魔術戦のことを考え、俺は嘆息する。正直なところ、ここまでやってくれるとは思ってなかった。俺が見たのは、C組だけだ。ゆえに、基準はC組となる。しかし、C組は一番の落ちこぼれと聞いているため、すべてを基準にするわけにはいかない。B、ましてやA組になればレベルの差が出るのは当然。そこまで考えていた。しかし、今見せられた動きはその予想をはるかに上回るものだった。
「簡単には……いかねぇーか」
口角を吊り上げ、ポツリとこぼす。油断は一瞬もしてない。だが、勝てない。と思わせるだけのレベルの差があるのもまた事実。それをどう埋めるか。俺が考えなきゃいけないのはそこだ。いかに奇襲を……虚をつけるかだ。
隣でのん気に笑うイグターを見る。そこには、不安のかけらも見受けられない。
「なぁ」
俺は、いたって普通の声音でイグターに声をかける。
「なんだ?」
今いいところなんだから、そう続けそうなテンションで返事が来る。
「俺ら、勝てると思うか?」
神妙にはならないよう気を配り、ふと浮かんだことを訊くかのようにして問う。
「ん? 何言ってんだ。勝つに決まってんだろ。わいだけじゃない、マリアもロッキーも、それから口に出してないだけでススやムム、カントたちだってそう思ってると思うぜ」
難しく考える必要なんてなかった。みんなの思いはひとつになってた。
「そうだな。俺たちこそが優勝するんだよな」
うれしくて、声が弾む。よろしくする気はない、と言い放った俺にみんなは期待してくれてる。俺が言い始めたクラス全員で勝つという目標がもうそこまできている。
ここで弱音を吐きそうになるなんて……どうかしてるな。
***
「おっと……。まさか、こんなところでC組と出会うとは」
開口一番嫌味っぽく言うのは、B組の代表格であろう伸びる青色の前髪が右目を隠すウルメロだ。
細く絞められた青色の左目は、C組を嘲笑うようである。
「アンタら、いきなりすぎるだろ」
まさかの自体に戸惑いを隠せず、うまく言葉を紡げずにいるウルルに代わってロッキーが言う。
「いきなりも何も……。おれらはトレジャーハンターだ。お宝の取り合いはするものだろ?」
見下すような口振りのウルメロに、ロッキーが更に突っかかる。
「まだお宝なんて見つかってないだろ!」
「はっ! 大きいのがゴロゴロと10個も転がってるじゃないか」
そこまで聞いてロッキーは始めて理解した。この男の言うお宝が、自分たちであることに。
「てめぇ──」
「やめてっ!」
怒りに身を任せ、ウルメロに飛びかかろうとするロッキーに今までダンマリを決め込んでいたウルルが叫んだ。それは、あまりに甲高く、普段のウルルからでは想像が出来ない。そんな声だった。
「なんで!?」
ウルメロに向けている怒りをそのままウルルに向けるロッキー。しかし、ウルルはその先を答えようとせずただ俯く。
「何とか言ったらどうだ?」
そこへ新たな声が加わる。やけに低く、問われた相手に重圧を与えるような、そんな声だ。
ウルルは下に向いた視線を僅かに持ち上げ、その声の主を見る。透き通るような琥珀色の髪が靡いている。
そこでウルルは、クラスメイトにこのような髪を持った人がいたということを思い出す。
「言わなきゃ……いけないよね」
震える声でそうこぼすウルルに、琥珀色の髪をし、琥珀色の瞳を持つミノマは「あぁ」と返す。
「ウルメロは……私の──お兄ちゃんなの」