神話教とその真相
「そこまでバッチリと聞き取られてたら……ダメだね」
リーニは力なく微笑み、観念したような表情を作る。
「あんなでかい声で言ったら聞き取るなって言う方が無理だろ」
苦笑を浮かべながらそう答えると、リーニはキョトンとした顔をする。
「……ど、どうした?」
「え、いや……だって。私、魔法使ってたんだよ?」
……は? どういうことだ? 俺にはハッキリと聞こえたぞ……。
「でも、おかしいとは思ってたの。聞こえないように魔法を使ったはずなのに、カーミヤくんは私とモモイって人との会話に割り込んで来たから」
困り顔を浮かべるリーニに、俺は曖昧な笑みを浮かべる。
「ま、まぁ。俺には不発だったんじゃねぇーのか?」
「そんなことないと思うんだけど」
リーニはうーん、と唸り声をあげる。
でも、なんとなく前にもこんなことあったような──。そんなことを考えているうちにリーニは、モモイのことについて、神話教について話し始めた。
「まず、謝らせて」
リーニは頭を下げる。何に対して謝られているのか、見当もつかない俺は少し慌て気味で言葉を紡ぐ。
「い、いきなりどうしたんだよ」
「私、知ってたの。あなたの探している鋭い目をした何かと杖の正体を。でも、言わなかった。うんん、言えなかった」
「……どういうことだ?」
リーニの謝罪なんかよりも、言えなかった、というところが引っかかった。どうして言えなかった。そして、どうして今なら言えるんだ?
尋常でない速度で脈を打つ。リーニの言ったことへの答えが欲しく、俺は真摯な瞳でリーニを見つめる。
「まず、鋭い目をした生き物は……かつては存在していたと言われているドラゴンよ」
「ど、ドラゴン……?」
「そう」
嘘をついている様子はなく、真剣な表現を浮かべるリーニ。だが、フィクションの中の存在でしか知らないドラゴンをかつては存在していた、と言われた俺は戸惑いを隠せない。
「そして、杖というのは魔法の杖よ。しかも、禁忌の魔術師イグノアールが使用されていたとされる形を模したもの」
「王国の神話にあったな……」
前期魔術演武祭が執り行われる前の授業で聞いた王国神話を思い起こしたところで、「あっ」と小さくこぼす。
「一つは、禁忌の魔術師。そしてもう一つ、蒼穹の眠り姫ってのがあった」
「そう。その通りよ」
早口でまくし立てる俺に、リーニは確かなる頷きを見せる。
「まさにあなたのような容姿の女性だと聞いているわ」
「俺みたいな女子って、嫌だな」
苦笑しながら言うと、リーニは小さく微笑む。しかし、すぐに真面目な表情に戻る。
「これは知ってることかもしれないけど、その神話は実在したものだと言われてる。だから、イグノアールというこの国を作り上げた人も、あなたのように蒼穹の髪と瞳を持ってドラゴンに見守られ息を引き取った女性も──」
「……それがどうしたって言うんだ?」
王国の神話に準えて作られた紋章だと言うことは分かった。しかし、ここまで神話の話を引きずるとは思ってはおらず、早く真相を知りたいという気持ちが先走ってしまう。
リーニは、だが、焦る様子はなく、より一層慎重な表情になる。
「ここら先は本当に危険よ。これを知れば、あなただって今より狙われることになる。それでも本当にいい?」
今更何を言っている。
「あたりまえだ」
真摯にリーニを見つめてそう言う。リーニは、やっぱりと言わんばかりにため息をつき口を開く。
「神話教は、そのどちらともの、神話を復活させようとしているの」
復活……? 言っている意味がよく分からず、俺は目が点になる。どうにか、その状態から立ち直った俺は、喘ぐように言葉を紡ぐ。
「……ふ、復活ッて! どちらも死んでんだろ!? なら無理じゃねぇーか」
「普通はそう思うわよね」
瞳を伏せながら、リーニは掠れる声で吐露する。
「でもね、確証は無いのだけど……出来るかもしれないの」
「……どういうことだ?」
笑い飛ばしてもおかしくない。しかし、リーニの声のトーンがそれをさせなかった。どこまでも真面目でどこまでも真剣なのだ。
「あなたとの戦闘中にも少しこぼした禁書史書の存在の有無よ」
そう言えば、聞いた覚えがある──。リーニは戦闘の最中、そんなことを言っていたような気がする。
「そのアカシックレコードってのが有ったらどうなるんだよ」
元始からの全ての事象、想念、感情が記録されている世界記憶の概念であるアカシックレコード。そんなモノが本当に存在しているのかすら確かではない。しかし、リーニは確かにそう言った。
「全てが変わるわ」
「大袈裟な」
幾ら世界記憶の概念が記されたものであっても、流石にそれは──、そう思った。
「大袈裟なんてものじゃない!」
リーニは張り裂けそうな声を上げ、涙に濡れた瞳で俺を見つめる。
「詳細は知らないけど、禁忌史書に書かれているのはあなたの思っているような世界記憶じゃない! 禁忌の魔術の概念とその詠唱。それからイグノアールが使用できたとされる世界生成の魔術に関して、……それからドラゴンについても記載されているらしい」
随分と物騒なものじゃないか……。
世界創成のいろはを書いたものとか、勝手に想像していたがそれが違っているのだと悟る。
「やべぇってことはよく分かった。それで、もしそのアカシックレコードがあればどうなるんだよ」
先ほどとは違う。その存在が全てを狂わす可能性があるということを知ってしまったから。俺は自分の声が固くなっていることを感じながら訊く。
「禁忌の魔術の一つである、魂生成と人体蘇生を駆使してイグノアールを復活させることが出来る」
……ま、まじかよ──。声にならない。なるはずもない。そんな大それたことを想像し、実行しようなんて思いもよらないからだ。
「それが……神話教の狙いって言いたいのか?」
全身の毛が逆立ち、抱いたこともない畏怖が全身を蝕む。
リーニは言葉を放つことはなく、無言で首肯する。それがより一層に俺を恐怖を植え付ける。
「くっ……。これで俺は逃げられねぇってことか」
そんな恐怖を跳ね除けるように、おどけるように言ってみせる。リーニはそれを察したのか小さく微笑み、
「そうね」
と告げる。
「一つ、聞きたいことがある」
「なに?」
口の中に溜まった唾をゴクリ、と飲み静かに言葉を紡ぐ。
「100号室。俺とマリアに与えられた部屋が襲われたのは俺のせいなのか?」
そうであろう、と思ってはいた。しかし、確証は得られてなかった。しかし、心のどこかでは違うと言ってほしいと思う自分がいる。
矛盾する自分の気持ち。気持ち悪い。どうにかしたい。
「違う。そう言ってあげたいけど、恐らくあなたのせいだわ。あなたが蒼穹の髪と瞳をしているから」
「やっぱり……か」
掠れる声で、絞り出すようにこぼす。
「ごめんね……。気休めの一つでも言ってあげれれば良いんだけど」
明らかに表情を曇らす俺に、リーニは気を使う。
「いや。大丈夫だ。本当のことが分かってよかった」
それだけ言い残し、俺はクラスメイトが揃ってる場所へと向かった。
いつの間にか魔術戦闘はモモイの優勝で幕を下ろしており、現在は耐久魔法──外部からの圧力にどれほど耐えられるかを競うもの──が展開されていた。
正直に言って、この種目に関して言えば勝ち目がない。全員が最下位を極めるだろう。だから、俺たちC組の意識は次の種目に向かっていた。
それこそが──10人1組で行われる協同探索”シーリングサーチ”だ。