敗北のあと
俺は……横たわっている。誰からも声は掛けられない。みんな冷たい目で俺を見ている。
「お、おい!」
必死に呼びかけても返事すらしてくれない。
「な、なあ! マリア!」
どんな原理でそうなったかは分からないが、俺をこの世界に転生させ、同じ部屋で暮らすことになった女子生徒であるマリアにも声をかける。しかし、マリアは口を開くことなくただ冷たい死んだような目で俺を見下ろす。
どうにか体を動かそうと動くも、やはりびくともしない。まるで金縛りにあっているような、そんな感じである。
「何とか言ってくれよ」
頼むように、俺は寝転んだまま言う。すると、マリアが小さく口を開く。
『優勝するんじゃなかったの?』
それはまるで開かれたマリアの口から放たと感じさせない、別の音のようであった。だが、声そのものはマリアのもので間違いないと言える。
「ご、ごめん!!」
マリアの一言で、皆は冷たい目で俺を見下ろす。その圧に耐えきることができず、俺は大きな声で叫んだ。
***
「だ、大丈夫……ですか?」
薄れる視界。まだハッキリとしない聴覚。だが、ハッキリと伝わる頭の下にある温もり。
「……ぅぅ」
吐息のようなそれをこぼし俺は何度か瞬きをする。
眩い光が目に入る。
「あ、あの……」
頼りない弱々しい声が俺の耳を掠める。
「……なんだ?」
誰だかわからない。しかし、反射的にそう答えた。
「わたし、ごめんなさい」
何に対して謝っているのか全く分からない。俺は、右腕を持ち上げ少し目をこする。そこでようやく視界が定まる。
ちょうど真上には、大きな山が2つある。そして、未だに頭越しに温もりを感じる。
「っ!」
ここに来て俺がどんな状況に置かれているのか、ということを確認する。──膝枕されてる……。
「悪い!」
声を張り上げ、勢いのままに頭をあげる。
むにゅ、と妙な柔らかさが俺の頭に触れる。いや、実際には俺の頭が押されたと表現したほうが正しいだろう。
「う、うんん!」
俺の頭が当たった反動だろうか。弱々しい声を最大限に張り上げた少女は、背中を逸らす。そして、その反動で胸がたゆん、と揺れる。
何ていうか……。すげぇな。手のひらサイズとかそんなレベルじゃねぇーぞ。
驚きとロマンを感じながら、俺は体を起こし、その女子の前に座る。未だに体のあちこちから痛みを感じる。それは仕方の無いことだ。俺は負けたのだから。
もう少し詳しく言うならば、鼻からは何の感覚も感じられない。
「フェニス……。その……悪かった」
座ったまま頭を下げる。その行為に俺がフェニスと呼んだ大きな胸を持ち、膝枕をしてくれていた女子生徒は戸惑いを隠せずにいる。
「ど、どうしてカーミヤくんが謝るの?」
黄金色をした瞳をウルウルとさせながらフェニスは、ポツリと言う。
「だって……俺。優勝出来なかったから」
あれほど優勝する、と啖呵をきっておきながら俺は負けたのだ。
恥ずかしさからフェニスの顔を見ることができない俺は、俯きながらそう零す。
「うんん。カーミヤくんは優勝は出来なかったけど、わたしたちではいけないところまでいってくれたんだよ?」
「でも、負けた」
奥歯をギュッと噛み締める。
「でもはもういらない」
フェニスは穏やかな、しかし感情を感じられる声でそう告げると、俺の前に来た。
「な、なんだよ」
俺の前に移動してきたフェニスは、瞳と同じ黄金色の髪を揺らしながらしゃがみこむ。
同時に胸がたゆん、と揺れる。努めてそれを視界に収めないようして、俺は続ける。
「だから何なんだよ」
「それに謝らなくちゃいけないのは、わたしたちのほう。わたしとサスペールくんは1回戦負けしちゃったんだし」
1回戦負けは獲得ポイントがゼロ。要するに参加していてもしていなくても一緒という訳だ。対して俺はベスト四。恐らくポイントは400は貰えるだろう。
ならまだ1位をキープできる。
「いいよ、別に。俺たちはチームなんだよ。チームってのはダメな所を補いあって、みんなで勝つもんだ。だから気にすんな」
自分で言って笑えてくる。転生してきた時には、よろしくなんてするつもり無かったのに。今では、チームなんて言ってる。
「それならカーミヤくんもでしょ。ベスト四おめでと」
はは、と乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
今なら分かる。仲間の大切さや、それがどれほど支えになるかと言うことを。
「あっちにいたとき、どうして気づかなかったんだろうな」
知らず知らずのうちに俺は、心を氷解させていた。それもこれも、マリアやイグター、それからロッキーたちが俺の冷たい態度に飽きもせず付き合ってくれたからだ。
あーあ、今頃になって思うとか……。俺も全然ダメだな。
天を仰ぎ、口を開く。
「フェニス。魔術戦闘では優勝出来なかったけどよ、総合では絶対優勝しような」
「うん」
そう言うフェニスに、俺は小さく微笑み立ち上がる。まだ全身に痛みは残る。でも、行かなければならないところがある。俺には、まだ、やらなきゃいけないことがある。
「まだゆっくりしてなきゃ」
フェニスが心配そうにそう声を上げているのが耳に届く。しかし、それを聞き入れることはできない。
もう……そこまで来てるんだよ。俺が手に入れたいものが。
あいつは知ってる。知ってて俺たちに伝えてない。ぜってぇ聞き出してやる。
真っ直ぐに歩くことが難しいとさえ感じる。おぼつかない足取りで、しかししっかりと目標を定めて1歩、また1歩と近づく。
「おい」
フィールドからは死角になる絶妙な位置。灰色に近い黒色のパーマの当たった髪が見え隠れする。俺はその人物に声をかける。
「なに?」
忙しそうな声で返ってくる。
「聞きてぇことがある」
「そう」
取り合うつもりはない。そう言わんばかりに冷めた声だと言える。だが、俺はお構い無しに続ける。
「知る時は必ず来るって言ったろ?」
髪と同じ色の瞳をちらりと俺に向ける。
「リーニ。それが今なんじゃないのか?」
魔術戦闘2回戦の対戦相手であった1年A組の女子生徒の背中に俺はそう投げかけた。
「そうかしら?」
リーニは、しかし先ほどまでと同じ態度だ。
「あいつは……モモイは──神話教って何なんだ?」
確かな確信を持って、俺はそう訊いた。対してリーニは、わかりやすく体が反応する。そして、おそるおそるとでも言うべき雰囲気で背を向けていた俺に顔を向けた。