暗躍する組織
今回のお話、終盤で名前がいっぱい出てきますが気にしないでください笑
後で出てくるかどうかも分からない人たちです。(特にC組以外)
「大丈夫……か?」
校舎の中へ入り、その広い玄関口の隅で縮こまっている背中に投げかける。
小刻みに震える背中を見るだけで、泣いているということが分かる。紫色のツインテールも垂れ下がり、弱気の象徴のようになってしまっている。
「関係ないでしょ」
涙に濡れた声で返事が来る。ポツ、と大理石の床の上に涙が落ちた音がした。俺は、右手を持ち上げ、紫色の髪の上に置く。
「──っ!」
突然の出来事で、紫髪の女の子は息を呑む。
「落ち着けよ、モモルカさん」
「……落ち着けるわけ無いでしょ?」
涙に濡れた声、しかし俺を射抜くような冷たい視線をぶつける。
同じ学院の仲間、と言ってもいまは敵同士だ。だからと言って、無視できるわけもない。
「俺さ、この世界のことよく知らねぇーんだよ。だから、あんたの残した記録が普通に見て凄いかどうかなんて分かんねぇ。でもな、俺はその重量魔法すら使えねぇーんだよ」
モモルカは紫色の瞳を限界まで見開く。
「ウソ……でしょ?」
「本当だよ。使える魔法は、二つか三つだ」
嘲笑を浮かべながら言うと、モモルカは急に笑い始めた。
「な、なんだよ……」
「ホントC組って落ちこぼれね」
「はぁ!? ふざけんなよ」
慰めに来てやったのに、なんだよその言い草は。
「あはは……。でも、元気でたよ……」
そう言うモモルカの声に元気はない。でも、笑顔は戻った。
「そうかよ」
「ってか、いつまで私の頭の上に手置いてるの?」
「あ、わりぃ」
ここまで言い返せるようになれば大丈夫だろう。そう思いつつ、俺はモモルカの頭の上から手をどける。
「ほんと、ありがとね」
掠れるような声で告げられた。
「おう」
そこで外から大歓声が聞こえた。どうやら射撃魔法の方も盛り上がりを見せているようだ。
「んじゃ、戻るか」
そう呟き、踵を返そうとしたその時だ。
コツン、と大理石の上を誰かが歩いた音がした。
「誰?」
涙声のままモモルカが声を上げた。もちろん俺も気づいている。周囲を警戒するように見渡す。しかし、何も見当たらない。そこで、俺は転生してまもなくの頃を思い出した。
100号室の襲撃だ。
「気をつけろ! 透明になるとかの魔法を使ってるやつがいる!」
確証は無い。だけど、間違っているとは思えない。俺はそう叫んだ。するとモモルカは、鼻をすすり
「伊達にA組じゃないわよ」
と言うと両手を筒状にして目に当てた。自分の手を双眼鏡に見立てたようだ。そのままモモルカは口を開く。
「理の真実よ」
瞬間、モモルカの手のひらから閃光が迸る。まともにそれを見たものならば、失明してもおかしくないほどの閃光にも関わらずモモルカはバッチリと目を開けたまま周囲を見渡す。
「あそこ!」
そしてある1箇所を指さした。その先は、水平ではなく少し斜め上を向いている。俺はゆっくりとそちらへ目をやる。だが、どこを見ても何も見えない。
「見えねぇーぞ」
そう言うと、モモルカはあからさまにため息をつき大理石の床を蹴る。突風とは少し違う。だが、人とは思えぬ速度で空へと飛び、1階へと差し掛かる辺りで拳を振るった。俺にはただ誰もいない虚空で振ったように見えた。だが、実際は誰かが吹っ飛んだらしく、床の上の空間が歪んだ。
「そこよ」
いつの間にか声の調子も戻ったらしいモモルカは俺に指図をした。
「俺に指図するな」
そう吐き捨て、俺は空間の歪んだ場所へ飛び蹴りを決める。虚空への蹴り行為は、厨二病くさくて恥ずかしさすら覚える。だが、蹴った先には感触があった。誰か人を蹴ったような、そんな感じだ。
タイミングを合わせてモモルカが詠唱を始める。
「粒子の流れよ迸れ!」
瞬間、高圧的な聖光が俺の視界を遮った。先ほどの手のひらから放たれた光など比べ物にならない量のそれが零れだし、恐らく人がいるであろう辺りを覆う。
数秒間続いた聖光の連続が途切れると、そこには黒衣に身を包む一人の男がいた。
恐らくフードを被っていたのだろう。頭の所々に黒い布の切れ端が残っている。
さらけ出された赤髪はこの間トレイで会ったナナニスさんよりは少し黒みがかかっているが、それでもはやり赤い。
若草色の瞳の中に黄色の光が宿っており、俺のよく知る人間というものからはかけ離れているように思える。
「アンタ何もんだ?」
そう訊くが男は答えず、代わりに蹴りを喰らわそうとしてくる。俺はそれを1歩下がることにより避ける。
「いきなり攻撃はないだろう」
少しおどけたように言ってみせると、男は頬を紅潮させる。怒ったのだろうか。
「質問しよう」
飛んでくるパンチや、蹴りを避けながら俺は言葉を続ける。
「魔法の杖と鋭い目をした何か。知ってるよな?」
「何言ってるの……」
呟くモモルカを無視する。
「知らね──」
最後まで言わすことなく俺は男の顔を蹴り飛ばす。グハッ、と男は血反吐を吐き地面に突っ伏す。
「ふざけんなよ!」
「ちょっ……」
地に伏せる男目掛けてかかと落としを入れる。それを見たモモルカは俺を止めようとするも、睨みだけで一蹴する。
やりすぎだとは思う。でも、こいつは確実に俺の訊いたことを知っている。なぜなら、こいつの纏う黒衣のローブの裾部分に同じ紋様があるのを見たからだ。
ではなぜこいつはシラを切るのか。ペッ、と血を吐き捨ててから男は若草色の双眸を俺に向けて口角を釣り上げる。
「なら聞いてやる。テメェらこそ禁忌に手ぇ出して何がしてぇ?」
口端に血をつけ、今にも死んでしまいそうな顔で男は問うた。禁忌……? なんだそれ?
男の言ったことが理解出来ず、黙っていると男は鼻で笑った。
「何にも知らねぇーんだな」
「何をッ!」
怒りが込み上げ、俺は叫んだ。
「何してるの!」
その瞬間、聞き覚えのある声がして俺とモモルカは校舎の入口に目をやる。紺色を基調にした服の端々に白のフリルのついた典型的なメイド服を着た女性の姿が視界に収まる。
「寮母さん……」
その姿を確認したモモルカは、そう零す。
「フフさん、侵入者!」
俺はフフの方をちらりと見てから短く叫ぶ。
「……どこに?」
「は!?」
こちらの緊迫した様子とはかけ離れた声出すフフに苛立ちを覚えながら、侵入者がいたであろう場所に視線を戻す。だがそこには誰もいない。だが、確かにそこにいたのだ。証拠に、そこには血が飛んでいた。
俺が質問する際に、蹴ったことによって出たものだ。だから、人がいたのは間違いない。
「何なんだよ……」
そう吐き捨てるしかなかった。やり切れなさでいっぱいになる。
「そんなことはいいから、早く戻りなさい」
フフは、俺が嘘を言っているかのような目を見せてそう言う。証拠である血なんぞ見る素振りもなくだ。
「でもここ──」
だからそれを指摘しようと口を開く。
「私の言うことが聞けないのかしら?」
しかしフフは、最後まで俺に言わすことなく言葉を被せてくる。
「い、行こっ……」
モモルカは俯き、俺の腕をギュッと握った。
──もういいから。この場から離れたい。
その手からはモモルカのそんな気持ちが伝わってきた。
「……あ、あぁ」
なぜ、学院に意図も容易く侵入出来るのだろうか。それほどまでに警備が甘いと言うのか? それになんだ。この拭えない違和感は……。
モヤモヤと晴れない気持ちのまま、俺はモモルカとその場を跡にした。
***
「ただ今重量魔法が終結致しました!」
イチカの実況が耳をつく。それと同時に、各クラスから盛大な声援が飛ぶ。
「じゃあな」
俺は軽く手をはためかせ、モモルカと別れると自分のクラスの方へと行く。
「先方ではまさかのC組の優勝。驚くべき結果です。さぁ、現在集計をしております。もうしばらくお待ちください!」
イチカの言葉を聞きながら、クラスメイトの所へ戻る。
「どこ行ってたの?」
帰ってくるなり、マリアが怪訝げな表情で訊いてくる。
「さぁな。それよりも、どうなった」
マリアはわかりやすくため息をついてから、口を開く。
「イグターの1000キロは見たわよね」
こくりと頷く。
「スールくんが95キロ、ウーベルくんが120キロよ」
「さぁ、集計結果が出ました!」
そこで丁度、イチカの言葉が耳に届いた。
「A組、490ポイント。続いてB組は480ポイント。接戦ですね。そして最後C組は……1215ポイント」
ほとんど喘ぐように告げてから、イチカは圧勝してますね、と付け加えた。
「てか、イグターがいなかったら俺たち負けてただろ。2人で215ポイントなんだからよ」
「それも……そうね」
苦笑を浮かべ、マリアがそう言うと、次は射撃魔法です、というアナウンスがされる。
「ここからどれだけ凌げるか、が問題だな」
小さく唇を噛み締める俺に、マリアが言う。
「大丈夫だよ。きっと、勝てるよ」
「そ、そうだな」
代表選手はスス、スール、オサーフの3人だ。ススは大丈夫だろうが、残りの2人は正直ポイントを稼げるかどうかも分からない。スールは、まず魔術・魔法を使うことにおいて向いていない。彼は暗記力に乏しいのだ。さらにオサーフは集中力が続かない。故にこちらもまた魔術・魔法を使う点においては向いているとは言い難い。
だからこそ、C組でも優秀と言えるススと組ませることで損害を最小限に抑えようとしているのだが……。
心配は尽きない。
「はぁー」
ため息をつく俺に、マリアは小さく微笑む。
「意外と心配性なんだね」
「ちげーよ」
そう言った瞬間、イチカの実況が再開された。
「さぁー! 続いての競技へ参りましょう! 続いては射撃魔術です。どの組が栄冠を勝ち取るのか。それでは選手紹介です。1年A組からは、ビジス、ロド、アドバイル。B組からはイネト、フォール、ネミココ。そしてまさかの1位であるC組からはスス、スール、オサーフです」
3人1組で行われる競技だが、3人が同じ場所からスタートする訳では無い。3人バラバラの場所で互いに連絡を取り合うことも出来ず、ただひたすらに的を撃ち抜くだけ。その結果が最終的なポイントとなる。
「それでは、選手の皆さんはフィールドの中央へ集まってください」
イチカの声の後、ススたち射撃魔法に出る選手たちがフィールドの中央へと集まり始める。
ぞろぞろと計9人の参加者が中央に集まったのを確認すると、天上に昇った陽光を頭で反射する禿頭の男性がフィールドに入ってきた。
「うわっ、ハゲ頭じゃん」
その人物を俺は知っていた。俺がこの世界に転生してきたときに、そこで授業をしていて今ではマリアだけでなく俺の召喚魔法の講師でもあるハーハッド先生──通称ハゲ頭だ。
「……なんで?」
ハゲ頭も射撃魔法に参加するのか、と一瞬頭を過ぎるもそんなことがあるはずが無いとかぶりを振る。
「先生は召喚魔法の専門家よ。彼らを無作為に移動させるなんて持ってこいでしょ」
俺の戸惑いにマリアがそう答える。そう言われると納得できる。まぁ、無作為って所はどうも胡散臭いが……。
「開始!」
イチカの声が轟いた。その瞬間、フィールドの中央にいた9人の参加者が消えた。重量魔法のように青白い筋が入ったり、俺が遊空魔法を使用する際に生じる仄かな光などの予備動作などは一切なく、文字通りに消えた。
だがそれは、各々の場所へと転移させられたのだろう。
「始まりましたねー」
期待に胸を踊らせるといった雰囲気で言葉を放つイチカ。そして同時に、フィールド内外あらゆる所に大小大きさの異なる風船のようなものが浮き上がった。
「あれを撃ち抜くのか」
1番目立つのは、1番大きく派手な赤色の風船だろう。その中心には1と書かれている。
そして、逆に全然膨らんでないだろうと言いたい小さく空の青色に溶け込んでしまっている風船の中心には100と書かれている。
「こんな目立たないやつ、やけくそでも当たらねぇーぞ」
そうボヤいた刹那──空に溶け込んだ小さく青色の風船がパンっ、と音を立てて割れた。
いかがだったでしょうか?
悪いことする奴は、大概黒い服来てるよねー(個人的な意見です)
それでは、次話では射撃魔法の対戦を描こうと思っているのでよろしくお願いします!